【5】

 「そっちの方が良かったってなったら漆原さんかわいそうだろ」

 「ならないよ」


 「なるだろ、お前の性格上」

 「いや、ならないよ。教えてよ」


 「云わねぇよ。大体、云ったってしょうがねぇだろ」

 「いいじゃん。教えてよ、気になるからぁ」


 「云わねぇって」

 「よし、当てよう。僕が好きな物でしょ? アロマキャンドルとか?」


 「違う」

 「じゃあ、ディフューザー?」


 「違う。てか、云わねぇって」

 「あっ、解った。小鉢の観葉植物でしょ?」


 「えっ、いや、ちがっ」

 「やっぱり。当たりだ」


 「いや、ちが、ちげぇって」

 「目見開いてるし、口許緩んでるし、動揺してるし、耳赤くなってるし。嘘ついた時の症状全部出てんじゃん。相変わらず嘘が下手だね」


 「いや、下手じゃねぇよ」

 「えっ、そこを否定するの? 嘘なのは認めるの?」


 「てか、何でそんな高級なワインがあんだよ」

 「あっ、話逸らした」


 「結構高いやつだぞ、それ。何であんだよ。お前、ワインなんか飲まないだろ」

 「僕も漆原さんに相談されてたの。『田部君の誕生日、何あげたらいいかな』って。九月ぐらいに」


 「九月? また早いな。何でいつも二ヶ月も前から考え出すんだよ」

 「で、『ワインがいいんじゃないですか』って云ったわけ」


 「お前の意見は採用されたのかよ。てか、そのワインが何でお前のトコにあんだよ」

 「『此処に置いとくのが一番いいと思うから』だって。あと、漆原さん、ワイン飲まないし」


 「成程ねぇ。てか、痩せたな、お前」

 「そう?」


 「食べてんのか、ちゃんと」

 「うん。今はちゃんと食べてるよ。しばらく漆原さんが家に来てご飯作ってくれたよ」


 「漆原さん、料理出来んのか」

 「んー、あんまり……」


  「まぁ、そうだろうな。あの人からそういう雰囲気感じた事ないもんな」

  「ナポリタンとか作ってくれたんだけど、すごいしょっぱかったんだよねぇ。麺も硬かったし」


 「茹で足りなかったのか」

 「そう。茹で足りないパターンはよくあったよ。逆に茹で過ぎパターンもよくあったし。あと、焼き過ぎパターンとか。ハンバーグ、苦くて硬かったし」


 「丸焦げだったのか」

 「そう、丸焦げ。あと、創作料理パターンもよくあったよ」


 「それは厄介そうだな」

 「いちごとかバナナのドライフルーツが入った麻婆豆腐とか」


 「なんじゃそら。酢豚のパイナップル的な感じなのか」

 「そうみたい。あっ、酢豚と云えば、フルーツ盛り沢山の酢豚とかもあったよ。パイナップルだけじゃなくて、りんごとか、みかんとか」


 「完全にフルーツがメインじゃねぇか。他のフルーツでもいけるだろっていう魂胆だったのか。そもそもパイナップルが全然受け入れられてないのにな」

 「あと、トッピング多過ぎサラダとか。クルトンでやめときゃよかったのに、それからスイッチが入った様に変な追究が始まっちゃって、粉チーズとか、ざらめとか、チョコソースとか」


 「味覚の渋滞が尋常じゃないな」

 「でも、気持ちが嬉しかったよ。〝食べなきゃ駄目だよ〟ってよく漆原さんに怒られたし」


 「そうか」

 「ところで、 漆原さんに怒られた事ある? ないか」


 「あるよ、一回」

 「えっ、あるの? 知らなかったなぁ。何で怒られたの?」


 「前に俺のおふくろが入院した事あるって云ったろ?」

 「あっ、じゃあ、僕が入社するちょっと前だ」


 「そう。昼食ってる時におふくろの事話したら、〝会社に来てる場合じゃないでしょっ! すぐにお母さんのトコにいきなさいっ! 仕事なんかいいからっ!〟って。で、〝点滴打ってれば治るから大した事じゃないんで〟って云ったら、〝大した事なくても行きくのっ! 一番感謝すべき人なんだからっ!〟って、すげぇ怒られて帰らされた」

 「へぇー。そんな事があったんだぁ」

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