第6話 怒れる聖女

「俺様の口説きのテクをナメんなよ。魔物のメスも楽勝で落とせるって。来たら銀貨五枚だからな」


 金髪イケメンは、アラゴを賭けの対象にしていた。


「実際に来たらどうすんだよ」

「あぁ? 魔物がダンスなんか踊れるわけねぇだろ。適当な理由つけて、さようならだ」

「お前、ひでぇな」


 くすくすと笑っている男たち。


「大体あんなのと踊れるわけねぇじゃん、気持ち悪ぃ。それに何か臭そうじゃね? 俺はゴメンだね」


 金髪イケメンの言葉に、男たちは大笑いした。


「アラゴ!」


 アラゴはダンスホールを飛び出していった。

 慌てて追いかけるナオキ。


 その様子に初めてアラゴの存在に気付く金髪イケメンとその仲間。


「やべっ……来てたっぽい。まぁ、いっか。勝手に帰ったし。お前ら、銀貨五枚寄越せ」

「何かドレス着てたっぽいぞ」

「マジで! 魔物のメスがドレスって! 超笑えるんだけど!」


 アラゴに侮蔑の言葉を吐き続ける男たち。

 そんな彼らへ視線を向けている女がひとり。

 リズだ。


「……あれ? あれって聖女様じゃねぇの? ダンスホールなんか来て、悪い聖女様だなぁ」


 ふらふらとリズに近づき、肩を抱く男。


「おぉ! 聖女様、めっちゃ美人! どうです、俺らと一杯いかがですか?」

「……離せ……」

「えっ?」


 リズは男を怒りに満ちた表情で睨みつけた。


「手を離せって言ってんだ、ゴキブリ野郎」


 リズが身体を軽くねじった瞬間、男の身体はふわっと宙に浮いたと思ったら、そのまま壁へ勢いよく叩きつけられた。

 その様子を見て唖然とする金髪イケメンたち。

 怒りの表情のままゆっくりと近づいてくるリズに、金髪イケメンの仲間ふたりが我に返り、懐に隠し持っていたナイフを取り出す。


「ふざけやがって……たっぷり可愛がってやるよ、聖女さんよぉ!」


 それを見てニヤリと笑うリズ。


「それは私のセリフだ……可愛がってやるよ、死ぬまでな」


 男たちはまだ知らない。リズは聖女であり、かつ最強の尼僧兵であることを。

 聖職者として、教義上刃物を武器とすることはできないが、彼女にそんなものは必要ない。格闘術の天才であるリズは、素手の時にその真髄を発揮する。本気になったリズには、百戦錬磨のアラゴでさえ敵わない。


 男が瞬きしている間にリズの姿は消える。次の瞬間、蹴り飛ばされ、男は壁の装飾品と化した。

 焦るもう一人は勢いよくナイフをリズに突き立てた……はずが、その刃は空を切る。彼が覚えているのはそこまでだった。彼は床に顔をめり込ませていた。


 ゆっくりとリズに視線を向けられ、腰を抜かし、尻もちをつく金髪イケメン。


「お、お前は慈愛の女神の聖女だろ! こ、こんな暴力が許されていいのか! 聖女の称号が剥奪されるぞ! 不釣り合いだ!」


 リズは無表情だ。


「……いいか、慈愛ってのはお互いに与え合うものだ。一方的に求めるものじゃねぇんだ。純粋で優しい心をもった女の子の心をズタズタにしたお前が慈愛を語るんじゃねぇ」

「慈愛の女神は、お前の暴力を決して許さないぞ!」

「馬鹿か、お前。私は聖女だ。慈愛の女神様の声をもう聞いているぜ」

「こ、声……?」

「聞け。慈愛の女神様のご神託だ」


 リズは金髪イケメンを睨みつけた。


「『その男たちを決して赦すな』だとよ」


 真っ青になる金髪イケメン。


「慈愛の女神様はな、慈愛の心を持って誠実に生きる人々には、その恩恵や祝福、奇跡を別け隔てなく与えてくださるけどな、ひとの心を深く傷付けて笑っているようなヤツには無慈悲な鉄槌を下すんだ」

「な、なにが『ひと』だ! 魔物のメスじゃないか! あんなバケモノは『ひと』じゃない!」


 リズの額に青筋が浮かぶ。


「アラゴはオーガ(鬼)だけどな、誰よりも優しい心を持った女の子だ。それが理解できないお前に男である資格はねぇ。その股ぐらのチンケなモノも、もういらねぇな」


 金髪イケメンの股間に向かって足を上げるリズ。


「見た目や種族でしか相手を判断できない自分の愚かさをくやめ」

「や、やめ――」


 ダンッ


 そのまま足を振り下ろした。


 股間ギリギリの床を踏み抜くリズ。

 金髪イケメンは白目を剥き、気を失っている。

 踏み抜いた床の穴には、金髪イケメンから漏れ出た何かが流れ込み、ポタリポタリと雫を落としていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る