第3話 街が抱える問題

「私、ここで待つ」


 屋敷の門の前で、敷地の中に入ろうとしないアラゴ。


「そう仰らずに、アラゴ様もどうぞ!」


 公爵の言葉にも首を横に振った。


「私、オーガ(鬼)、魔物。私、屋敷、入る。公爵様、いじめられる」


 この世界では、ヒト形の魔物は魔王の力に屈服してくみする者と、魔王の暴力的な支配にあらがう者との二通りがいた。人間からするとその見分けはつかず、魔物は人間からの差別や侮蔑の対象となることが多かった。アラゴは、屋敷に入ることで公爵に迷惑がかかると考えているのだ。


「ナオキ、リズ、行って」


 優しく微笑むアラゴ。こうなると梃子てこでも動かないことを知っているナオキとリズは、困ったような表情を浮かべた公爵と屋敷に入っていった。


 貴賓室に通されたふたりはソファに腰掛ける。テーブルを挟んだ向かいに公爵が座り、深刻な表情で口を開いた。


「街がこんなにも賑わっているのは、実は異常な事態になっているからなのです」

「異常な事態?」

「閣下、何があったのでしょうか?」

「川に住んでいるリバーマーマンたちがなぜか激怒しており、渡し船の出港を許してくれないのです」


 驚くふたり。川を渡って、隣国へ入国しようと考えていたからだ。


「私たちは彼らと長い時間をかけて友好関係を築き上げてきました。川の恵みをどちらか一方が独占しないように約束を交わしていますし、また国境警備隊としても優秀な彼らです。私も我々を尊重してくれる彼らのふところの深さに心から感謝しています。しかし……」


 うなだれる公爵。


「……しかし、つい先日、リバーマーマンは突然渡し船の出港を妨害したのです。何があったのかと、私も彼らから話を聞こうとしたのですが、私を憎しみの目で睨み、『自分たちのしたことをよく考えろ、絶対に許さない』と……私も、街の人間も、思い当たることがなく頭を抱えているところなのです……」

「街にひとが溢れていたのは……」

「はい、川を渡れない人々が街に溢れているのです……」


 顔を上げた公爵は、ふたりに懇願した。


「私たちではまともに対話ができない状況です。そこで皆様に彼らから話を聞いてきていただきたいのです。私や街の者に何か無礼があったのであれば、きちんとお詫びし、改善したいのです。討伐は求めません」


 ナオキとリズは、お互いに顔を見合わせて頷いた。


「そのご依頼、うけたまわります」

「討伐を求めないという閣下の聡明なご判断に敬服します。私の信仰する慈愛の女神に誓って、関係改善を実現させてみせましょう」


 こぼれんばかりの笑顔で喜びを表す公爵。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 ふたりは公爵と握手を交わした。

 そして、三人はソファを立ち上がり、何気なく窓の外に目を向けた。


「あれは……アラゴ様……ですか?」


 驚いたような公爵の言葉に、窓の外を覗くふたり。

 ナオキもリズも優しく微笑んだ。

 窓の外、屋敷の門の前では子どもたちと遊んでいるアラゴの姿があった。腕に掴まらせてクルクルと回ってみたり、肩の上に乗せたりしている。子どもたちは皆楽しそうだ。


「子どもたちは分かるんですよ」

「ふふふっ、ナオキ様の仰る通りですわ」

「何をでしょうか?」

「彼女がとても優しい心の持ち主、ということにです」


 ナオキの言葉に、にっこりと微笑む公爵。


「こんな光景が、世界中の街で普通に見られるようになるといいですな」

「まったくです」

「アラゴに慈愛の女神様の祝福を……」


 子どもたちと戯れる鬼女のアラゴは、慈愛の女神すらも霞むほどに優しい微笑みを子どもたちへ向けていた。




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 かごのぼっち先生から子どもたちと戯れるアラゴのファンアートを頂戴しました。

 アラゴの優しさが伝わってくるとてもステキなイラストです。ぜひ皆様ご覧くださいませ。

https://kakuyomu.jp/users/Helianthus/news/16818093082788459495



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