こうべぇのみそぎ
村田鉄則
1.××村
首が飛んだ。
僕の前で。鮮血を纏いながら。
首の主は笑っていた。
ジメジメして体にまとわりつく湿気が鬱陶しい初夏の月曜日、僕は有休を取って、××村にレンタカーで向かった。
その日とある奇祭が村で行われると僕の中学生からの友達であるMから聞いたのだ。Mは週刊誌やオカルト雑誌で日本中の奇祭やディープスポットを題材にした記事を普段書いている。いわゆるオカルトライターってやつだ。
今回の奇祭の情報を彼は知人から手に入れたらしいが、知人は奇祭の開始日時、行われる場所、また、Mのようにテレビ出演して世間一体に顔が知られている人間は村に入ることさえ出来ないとだけ述べて、その他の情報は一切話さなかったらしい。
そんな訳で村のことを取材したくても取材できないMは友人である僕を頼ったわけである。報酬はたんまりやるというとのこと。
広い県道から車一台やっと通れるくらいの舗装されていない山道に入った。
時間は午前9時頃、天気は快晴。そのため空は明るかったが、山道は左右ともに生い茂った草木のために薄暗く、なんだか不気味だった。
山道を車で走らせること一時間くらい経ったときのことであろうか、”××村”と書かれた廃材のような見た目のボロボロの木で出てきた立て看板が目に入った。
立て看板の横には開けた場所があり、周りと違ってそこにだけ砂利がひかれて草木も無く、白線が等間隔で何本も引かれていた。どうやら駐車場らしい。僕はそこに車を停めた。
長旅の疲れで眠たくなり、愛用している使い捨てのホットアイマスクを付け、車で一眠りしていたときのことだ。
どんどん
どんどん
僕の耳の近くで響いたその音で僕は叩き起こされた。
音の方を見ると窓を手で叩いている老人がいた。老人の顔には深い皺が幾重も重なっていた。
実はここは車を停めてはいけない場所で老人が怒りに来たものだと思い、僕は慌てて窓を開け謝った。
「すいません。ここって停めてはいけない場・・・」
老人は僕の言葉を遮り、
「それはええ。こっちこいなんさ」
大声でそう言いながら、駐車場の奥にある木で出来た屋根の傾いた小屋の方に指を差した。
車から出た僕は、老人に連れられ小屋に向かった。小屋が駐車料金所で僕はそこでお金を払わないといけないと思ったのだ。
辺りに砂利の音が響く。
一緒に歩きながら、老人の全体像を初めて見たのだが、Tシャツにジーパンという意外とラフな格好だった。腰はかなり曲がっているが杖はついていない。
建て付けが悪く重い戸を老人が開け、小屋の中に入ると、あちらこちらがささくれだって痛んでいる様子の木製机と椅子がポツンと一セットあるのみで、他は特に何も無かった。小屋全体が湿気を吸ってか雨の日に空気中を漂うあの独特な匂いのようなものがした。
老人は自身のジーパンのポケットから、くしゃくしゃの紙とボールペンを取り出した。
「ここに来たってこたぁそういうことやんよな。こうべぇ様の禊ぎを受けにきたんよな。そこになまぇ書いてくれやんす。嘘のなまぇじゃやんぞ。書ぃたらぁ祟りが起きやんす」
そう言う老人の目はマネキンのように感情が点っていなかった。
僕は恐怖の余り、本名をそこに書いてしまった。
こうべぇのみそぎ 村田鉄則 @muratetsu
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