第2話 エルフのお姉さんと一緒に星の泉を見る話

 実に困ったことになった。

 突然異世界に落とされて、しかも元いた世界には戻れないときたもんだ。


 しかも、この異世界はファンタジーでは定番の剣と魔法の世界っぽい。


「エルフのお姉さん、あーしはどうしたらいー?」

「知るか、そんなこと。私には関係ない」


 エルフを名乗る金髪全裸のお姉さんは水面を歩いてこの場から立ち去ろうとする。

 あーしはお姉さんの足首を捕まえ――。


「助けて、お姉さん!あーしって頭もそんなに良くないし、運動はマジでムリなの!このままだとあーし、あっけなく死んじゃうよ!」


 お姉さんはゆっくりとあーしを見やる。

 すると、ものすごい目力であーしを睨みつけると、こう言った。

 

「なら、そのまま死ねばいい」

「それは酷くない!?」

「酷いだと?どこがだ。弱いやつから死んでいくのは自然の摂理。それがこの世界の常識だ」

「そんなこと言わないでさ。今のあーしにはお姉さんしかいないの」


 なんとか助けてもらえないかと頑張るあーし。

 でも、お姉さんの態度にはますます怒りの色が濃くなっていく。


「……ヒューマン風情が。調子に乗りやがって」


 そして、あーしは怒らせてしまった。


「そんなに死にたいなら、私の手で殺してやるよ」


 お姉さんは両手を横に広げたかと思うと、空気を圧縮するかのように一気に両腕を近付ける。


 すると、泉の水が重力に逆らいながらあーしの身体を飲み込んだ。


「あ、あう……っ!?」


 息ができない!


 水の球体に閉じ込められたあーしは手足をばたつかせて脱出しようとするけれど、水はまるで生き物のようにうねってあーしを逃さない。


 ダメ……意識が……。


 身体から力が抜けて、目の前が真っ暗になっていく。


「これで最後だ」


 意識が途切れる直前、エルフのお姉さんはあーしにそう言うのだった。




「う、うう……ん……」


 意識を取り戻すと、あーしは地面に横たわっていた。

 どうやら泉の岸らしい。


「あれ、あーしまだ生きて……」


 エルフのお姉さんの姿はなかった。

 代わりに泉の底に沈んでいたあーしの荷物と原付バイクが側に置かれている。


「お姉さんが運んでくれたんだよね?」


 どうやらあーしを本気で殺すのはなかったみたい。

 そうじゃなきゃ、こんなことはしない。


 お姉さんって意外とツンデレだったりして……。


 なんてことを考えながら、引き上げられた荷物たちを確認する。


「あれ?全部乾いてる」


 キャンプ道具に小型のクーラーボックス、そして着替えと日用雑貨。

 それほど長い時間気を失っていたわけではないはずなのにびっくりするほど乾いている。


 となると、あーしの相棒原付バイクだけど――。


「ああ、やっぱりダメだ。完全に逝っちゃったやつじゃん……」


 何をやっても無反応。

 流石に一回水没しているわけだから、乾いても流石にね。


「スマホは……あはは、だよね〜」


 ズボンのポケットに入ったスマホも一応確認してみる。

 当然、反応はなし。

 機械系は全員御臨終だ。


 あーしは異世界に迷い込んだだけだけど、彼らは見事異世界転生を果たして鉄の塊になってしまったようだ。


「この世界でこれを直せる人いるのかな?」


 あーしに機械を直せるような技術はない。

 と言うことは、誰かに修理を頼まないといけない。


 だけど、その相手は異世界人になる。

 異世界の技術はきっとあーしの世界の技術とは違う。


 正直言って、直すのは無理でしょ。


「ここで考えても仕方ないし、後で考えよう」


 見上げると、空の色は水色からオレンジ色に変わっていた。


「とりあえず、今日はここでキャンプかな」



 

 早速あーしは設営を始めた。

 といっても、ソロのキャンプなので二人用の小さいテントとローテーブルと焚火台と折りたたみ椅子を用意して終わり。

 慣れていれば十五分くらいで設営ができてしまう。


「火おこしは科学の出番」


 ライターサイズの小型バーナーで予め集めておいた小枝に着火。

 これで火も確保。


「あとはご飯なんだけど……」


 アウトドア用の調理鍋、通称クッカーなる道具を前にあーしは悩んでいた。


「ガスバーナーと焚火どっちで料理しよう……」


 調理用ガスバーナーと焚火、料理自体はどっちでもできる。

 ただ、焚火だと煤がついて黒くなってしまう。


 あーしはクッカーが真っ黒になるのが嫌で、キャンプの時は決まってガスバーナーで調理をしていた。


「ガスってこの世界では貴重だよね……ってことは焚火かな……う、う~ん……」


 全然気が進まない。

 だって、煤塗れになるとかっこ悪いじゃん。

 あと、洗うの大変だし。

 でも、もしもの時のためにガスは温存しておいた方が絶対に良くて……。

 

 数分間の葛藤の末、あーしはクッカーを焚火の火に突っ込んだ。


「うう、ごめんよ。例え真っ黒になってもあーしはお前の味方だからね」

「お前は一人で何を言ってるんだ?」

「うわ、エルフのお姉さん!?」


 また気配なく、湧いて出てきたかのようにエルフのお姉さんが現れる。

 相変わらず全裸で、伸び放題の金髪を地面に引きずっている。


「私はさっきお前に出て行けと言ったはずだが、何故お前はここに棲みつこうとしているんだ?」

「いや、出てくよ。でも、もう夕方だったから――」

「明日になれば出てくんだな?」

「えっと、たぶん……」

「たぶん?」


 お姉さんが鬼のような形相であーしを睨みつける。


「だって、怖いじゃん!森を出た瞬間、さっきのワイバーンみたいなモンスター?魔物?に襲われるかもしれないんだよ!」

「まるでこの森に魔物がいないみたいな言い方だか、森の中にも魔物はいるぞ」

「ええ、そうなの!?もしかして、あーしの運が良くて襲われてないだけ?」

「運がいいとはちょっと違うな」


 お姉さんはそう言うと、茂みの方に視線を向ける。

 太陽はかなり沈んでしまったから、森には炭のように真っ黒な影が落ちている。


「ここの辺りは私の住処なんだ。だから、生き物は基本的に寄り付かない」

「どういうこと?」

「野生の生き物は本能的に分かっているんだよ。相手がどういう存在かってことを。だから、近づかない。池の生き物だって私の姿を見ればすぐに姿を隠す」


 その言葉を聞いて、あーしはふと思ってしまった。

 

「……なんだか寂しいね」

「はあ?」

「だって、お姉さんはみんなから避けられてるってことでしょ?それって、寂しくない?」

「……何を知ったようなを」

「知ってるよ。だって、あーしも昔ちょっと友達から避けられてたことがあるから。あーしの場合は友達数人にだけどね」


 もう数年前――中学生の頃の話だ。

 その話はもう解決しているわけだけど、避けられていた時はあーしを避ける友達の姿を見るだけで心が冷たくなったものだ。


「それで、お前はどうしたんだ?」

「気になるの?」

「私に質問をするな。さっさと話せ」


 もしかして、結構悩んでるのかな?


「避けられていたのは中学校の時……中学っていうのは高校の前の学校。で、あーしは友達にキャンプが好きだって言っちゃったんだ。そしたら、『キャンプが好きってダサい』って。それで印象が悪くなって距離を置かれちゃった。その友達のことは諦めて別の友達を作ったよ。今度はキャンプが好きってことは言わないようして」

「……結局、根本的な解決になってないじゃないか」

「まあね。でも、あーしは一人でいるとか正直得意じゃないから」


 だから、多少自分を隠してでも友達を作っている。

 ちょっと息苦しいと思うこともあるけど、楽しいと思う方が多いのでなんとかやってこれた。


「本当はあーしのことを理解してくれる子と友達になれればいいんだけど、これだけは運だからね」

「運?」

「キャンプが好きっていうあーしのことをどう思うのかは人それぞれだし。あとはあーしの好きに共感してくれる人と出会えるかどうかってだけ。ってことは、あとは運じゃん?」

「……そういうものか」

「そういうものだって、あーしは思うよ」


 お姉さんは目を閉じて黙ってしまった。

 その場でじっとして、何か考え事をしている。


 あーしは少しそっとしておくことにした。

 そして、料理にとりかかろうとしたその時――。


「え?なんか明るく……」


 突然周囲が明るくなった。


 何事かと周囲を見渡すと、周囲の屋久杉クラスの巨木たちの葉っぱから青白い光が漏れている。

 どうやら自分で発光しているらしい。


 その光景はまるで夜空に広がる満点の星を見ているかのよう。


「ええ!?何これ!?すっごい綺麗!」

「そう言えば、今日は新月だったな」


 お姉さんがぽつりと呟く。

 

「もしかして、新月の日にしか見れないものなの?」

「ああ。この植物は新月の日にああやって空気中に魔素を発散させるんだ」

「魔素って何?」

「魔素っていうのは魔力のもとになる元素だ。この世界の生物は空気中の魔素を吸って魔力を生み出している」

「ああ、酸素みたいな感じなのね」


 ファンタジー定番の魔力も植物から始まるのかと考えると、とても親近感が湧く。


「あ、すごい。水が鏡みたいになってる」


 泉の静かな水面が鏡のようになって、上の葉っぱの光を反射させている。


 その光景を見て、テレビでやっていたウユニ塩湖のことを思い出す。

 とても浅い湖でまるで鏡のように周囲の光景を映し出す湖の上を歩くことができるのだ。

 

「あそこの上に立ったらすごく気持ちがいいだろうな~」

「……立ってみるか?」


 すると、突然お姉さんはあーしの手を引っ張って泉へと歩いていく。

 そして、そのままお姉さんと共に足を水面に着けると――。


「え、嘘!?立ってる!?あーし、水の上に立ってるよ!」

「手を離すと落ちるからな。絶対に手を離すなよ」

「それ振り?」

「別に落ちたきゃ勝手に落ちろ。だが、今度は乾かしてやらないからな」




「あはは、すごい。これテレビで見たやつまんまじゃん。いや、それよりも綺麗かも」


 あーしとお姉さんは泉の真ん中でウユニ塩湖顔負けの絶景を目の当たりにしていた。


 今立っているのは星の海。

 まるで宇宙を旅しているかのような不思議な世界。

 

「……綺麗だな」


 お姉さんは目を丸くしながらそう呟いた。


「お姉さんも初めてなの?」

「こんなこと考えつかなかった」

「お、いいね。あーしら『お揃』だね」

「お揃?ああ、お揃いってことか。そうだな」


 髪に埋もれた顔が笑みを作る。

 とても柔らかくて、可愛い笑顔。


「お姉さん、笑った」

「え?嘘……?」

「笑ったよ。気付かなかったの?」

「……そうか。私、笑ったのか」


 よっぽどビックリだったのか、あーしを掴む手にキュッと力が入る。


 すると、あーしの中でちょっとした願望が湧いた。


「お姉さん、あーしと一緒に旅しない?」

「はぁ!?」


 あーしの言葉に、お姉さんは声を荒げた。


「別にずっとってわけじゃないよ。あーしが元の世界に戻る方法を探す間だけでいいの」

「なんで、私なんだ?私はエルフだぞ?」

「お姉さんと旅がしたいからって理由じゃダメ?」

「だから、私はエルフで――」

「この世界のエルフがどういうのかなんて、あーしじゃ分かんないって。でも、お姉さんがすごく優しい人で、お姉さんと旅をしたら楽しいだろうなっていうのは何となく分かるんだ」


 そう言って、あーしはお姉さんの両手を掴んで迫った。

 それはもう必死に、まるで口説くように。


「だからお願い。一緒に旅しよう!」

「……」


 お姉さんは目を見開きながら、口をパクパクとしている。

 数秒後、悩むように顔を俯かせる。


 そして――。


「エフィリアだ」


 俯いたまま、ポツリと呟いた。


「え?」

「だから、私の名前だ」

「いや、返事……」

「察しろ、馬鹿!」


 そう怒鳴って、真っ赤にした顔を私に向ける。


 ってことは、つまり――。


「やった!大好き、エフィリア!」

「大好き!?」


 嬉しさで堪らず、あーしはエルフのお姉さん――エフィリアに抱き着きたくて仕方がなくなった。


「これからよろしくね、エフィr――」


 バシャーン!


 エフィリアから手を離した瞬間、あーしは泉に落っこちた。

 そう言えば、手を離すと落ちるんだった。


「……その落ち着きのなさはどうにかならないのか?」

「ごめん。すっかり忘れてた。あとで乾かしてもらっていい?」

「次は乾かさないって言っただろう?」

「あれ冗談じゃないの!?」

 

 エフィリアは水を操って、あーしを水面へと押し上げる。

 そして、あーしに手を差し伸べる。


「まあ、付き合ってやるよ。お前が帰り道を見つけるまでな」

「うん。改めてこれからよろしくね、エフィリア」


 エフィリアに微笑みかけ、あーしは差し伸べられた手を取ったのだった。

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