第6話 大ピンチ

          ※








 翌日、アリスは持っている服の中でも一番お気に入りの桃色のワンピースに着替え、街へと向かった。ランメルトと並んで歩くと、街の賑わいが心地よい背景音になった。市場には色とりどりの花や、様々なアクセサリーが並んでいる。






「この花はどうかな?」




 ランメルトが指差したのは、鮮やかな薔薇のブーケだった。






「素敵です。でも、薔薇はお薬にはならないから……って、贈り物ですよね、申し訳ありません、いいんじゃないでしょうか?」






「他の店も見てみよう」




 ランメルトは気分を悪くする様子もなく、花屋を後にする。






「今日は月初めだから、たくさんの出店でにぎわっているな。迷子にならないように手を繋ごうか」




 にこやかに笑って差し出されたその手をアリスはおずおずと握る。






 ――しっかりした大きな手。それに温かい。






 指先から伝わった体温が、自然と体を巡って、頬がほんのり熱くなった。




 自分よりもずっと背が高いのに歩調を合わせてくれるランメルトの横顔が、今日はなぜだか眩しく見える。






 ――ランメルト様がお好きな女性って、どんな方なのかしら。






 きっと舞踏会で華やかなドレスに身を包んだかわいらしい令嬢に違いない。薔薇などの花は見慣れているかもしれないし、やはり他のものがよさそうだ。






 アリスは真剣に考えながら、彼と共に様々な店を巡った。




 アクセサリーショップに立ち寄ったとき、彼女は一つのブレスレットに目を留めた。






 細い革紐に小さな銀のチャームが等間隔に配置されている。チャームにはそれぞれ星や月、鼻のモチーフが彫られている。中央には小さな青いラピスラズリが配置され、全体にさりげない彩りを添えている。






 ――素敵。ラピスラズリがランメルト様の瞳の色に似ているわ。






 だが、令嬢が革紐のブレスレットを巻くのかわからない。






「これがいいのか?」




 じっとブレスレットを見ていたら、横からランメルトに声をかけられてハッと我に返る。






「あ。これはただ個人的にいいなと思っただけで……ドレスを召したご令嬢には似合わないかも……」






「いや、君のセンスは本当に素晴らしいよ。これにしよう」






「ええっ⁉」




 本当にそれでいいのだろうか。もし、それがランメルトの恋路を破綻させることになったらどう責任を取ればいいのだろう。






 回復薬一年分、ただで献上しますとか⁉






 アリスは動揺しながらも、心の奥で複雑な感情が芽生えていた。自分が選んだものが、誰か他の人への贈り物になるのだと考えると、なんだか胸がちくりと痛んだ。






 その後、二人はカフェで休憩し、紅茶を飲みながら談笑する時間は楽しかった。






 そろそろ帰ろうということになり、最後にやはり花屋に寄ると言って、ランメルトが出店の方に行ってしまった。






「明日からまた頑張ろう」




 アリスが深呼吸をすると、突然横から腕を引かれた。






「痛……っ、誰!?」




 アリスの腕をつかんでいるのは目つきの悪い図体の大きい男だった。






「やっと捕まえたぜ」






「だ、誰ですか?」




 アリスは眉をひそめて、腕を引くが男は力を緩めない。






「答える必要はない」




 男はそう言ってアリスの体を羽交い絞めにし、無理やり引きずるように路地裏に引っ張っていった。




 助けを呼びたくても太い腕で口を抑え込まれて、なんなら呼吸すらままならない。






 ――ランメルト様!






 涙目で叫ぼうとするが、声にはならない。






 男は王都のはずれの治安の悪そうな酒場に入っていく。そこの二階は宿泊施設になっていて狭い部屋には別の男が四人いた。全員、目つきが鋭く、殺気立っている様子だ。






 部屋の低い天井は黒ずんでおり、その上には古い梁がむき出しになっていた。壁面は荒れ果てた漆喰で覆われていて、割れた小さな窓から差し込む光は薄暗く、部屋全体に陰影を落としている。






「あの……私、お金も何も差し上げられるものは何も持っていませんけど……」




 そう言うと、腕をつかんでいた男に突き飛ばされて、カビっぽい臭いのするベッドのそばの床に膝と手をつく。






「おまえ、ランメルトの女なんだろ?」




 ひげ面の男はにやりと脂だらけの歯を見せて笑った。






「ち、違います……」




 アリスは大きく首を横に振った。






「ずっと後をつけてたんだ。いろいろと店をみていただろう」






「それは……ランメルト様の好きな人のプレゼントを探すためで……私のためではありません」




 そう言ったら、また胸がちくっと痛んだ。






「あいつには組織を壊滅させられた恨みがある。好きな女がぼろぼろにされたらさぞかしショックだろうなあ?」




 男が何を言いたいのか、何をしようとしているのか、さすがのアリスも気づいて、じりじりと後ずさるが、背中が壁について、びくっと肩を震わせる。






 振り仰げば、そこは割れ欠けた窓しかない。






 ――ここから飛び降りる?






 だが、ここは二階だ。どの程度の怪我になるか、あるいは怪我では済まない可能性もある。






 男たちがにやにやと笑いながらにじり寄ってくる。






 ――どうしよう!?





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