第7話 ブレスレット
アリスは周囲に何かないか目を走らせたが、埃以外には何もない。ぎゅっと握った手がワンピースのポケットに触れ、中に入っているものに気づいた。
「一か八か……っ」
アリスはポケットから昨日の失敗作の小瓶を掴んで取り出すと、思い切り窓に投げつけた。本当は町の子供たちに見せて喜んでもらおうと思って持ってきたのだが、買い物に夢中になっていてすっかり忘れていたのだ。
派手な音がして割れたガラスの破片が頬を掠る。
「そんなことくらいで俺たちがビビるとでも思ったか?」
大きな音にも動じず、男たちはアリスの両腕を掴み、ベッドに放り投げた。
「ランメルト様にやっつけられる前に逃げた方がいいと思うけど?」
アリスはキッと男たちを睨んだ。
「まさかこんな所に連れ込まれているとかわからんだろ? 酒場の奴らも馬鹿正直に答えるわけもないし――」
男が言った時、階下が騒がしくなった。
「……誰も、口を割るわけが――」
男はものすごい速さで階段を駆け上がってくる足音に言葉を切って、ごくりと喉仏を上下させる。
「アリス!」
扉を乱暴に蹴破って中に入ってきたのは険しい表情をしたランメルトだ。
「ランメルト様!」
アリスは彼の姿を見てホッとした。
「くそっ……こうなったら、やれえ!」
男たちが一斉にランメルトに飛びかかるが、彼は多勢を相手に飄々と攻撃をいなしていく。代わりに的確な急所を狙って男を一人一人倒していく。
それは鮮やかな手腕だった。薬草園で見かける彼はいつも優しくて穏やかで、こんなに鋭い目つきで、集中力で誰かと戦う姿は初めて見た。その凛々しい表情にアリスは心臓を鷲掴みにされた気分になる。
「す、すごい……」
アリスはぽかんとしてそれを見ていた。
「畜生、こうなったら女だけでも――」
男の一人が剣を引き抜き、アリスに斬りかかった。
「アリス!」
剣を避ける間もないまま呆然としていると、ランメルトがその体を抱きしめて凶刃から守ってくれた。そのまま素早く体をひねったランメルトが男に重い蹴りを一撃食らわせると、ようやくその場は鎮まった。
「衛兵を呼べ!」
ランメルトの命令に、部屋の入り口に様子を見に来ていた店の人間が慌ててすっ飛んでいく。
「ランメルト様、ありがとうございます」
「一人にして悪かった。だが、君が虹色の雲を作ってくれたから場所を特定できた」
ランメルトは微笑んで、床に膝をつくとベッドに腰かけた格好のアリスの手を取ってその手に額を押し付けた。
「ランメルト様……?」
なんだか彼の様子がおかしいと思うと同時に、ランメルトが床に頽れた。
その肩から赤黒い染みが広がっていく。さきほどアリスを庇った時に斬られたのだ。
「しっかりしてください、ランメルト様!」
アリスは急いで傷口に鼻を寄せ、ハッと顔を上げた。
「これは……毒だわ」
腐敗した果実や朽木のような、生命の消滅を連想させる深淵の臭いだ。斬られてすぐにこの状況ということは、かなり強い毒のようだ。
蒼白な顔のランメルトがわずかに目を開けて微笑した。
「大丈夫だ、アリス。君が無事でいてくれてよかった」
しかし、彼の体は明らかに限界を迎えている。
「これを……君に……」
ランメルトは震える手でポケットからリボンのかかった箱を取り出した。それはアクセサリーショップで買ったブレスレットが入っている。
「だめです! ちゃんと自分で好きな人に渡してください!」
アリスは叫んだが、ランメルトからの返答はなかった。
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