第5話 デートの誘い
「なんだ、あれは!」
「とても綺麗だ……が、回復薬としては使えないな」
会場は一瞬にして騒然となり、観客たちの驚きの声や笑い声が響き渡る。
「……どういうことなの?」
アリスは呆然と立ち尽くした。
メモ通りに調合したはずだ。事前に練習した時はうまくいったのに。
「まあ、面白い結果になったわね」
がっくりと肩を落としていると、デラニーが冷笑する。
「どうして……」
「緊張すれば誰にでもミスはあるわ。来年また頑張れば?」
デラニーが顔を覗き込み、目を細めながら肩を叩いてきた。
彼女の言う通り、競技会は毎年行われるものだ。しかし今年は自信があっただけにショックも大きい。
「アリス、大丈夫か?」
その時、ランメルトが席を立ち、アリスに向かって歩み寄ってきた。
「ランメルト様、私……」
彼の優しい声に、アリスは少し心が和らぐ。
「君の調合は素晴らしかった。あの虹色の雲も、きっと何か特別な意味があるんだろう?」
彼は励ますように言葉をかけたが、アリスは俯いた。
「ち、違うんです……ただ、失敗しただけで……」
だが、どうして失敗してしまったのかわからない。ランメルトがせっかく昨日回復薬に仕える花をくれたというのに、期待に応えられなかったことが悔しい。
「君は頑張ったんだ。結果はどうあれ、その努力した時間が重要だ」
励ましてくれるランメルトには申し訳なかったが、ここまでの努力が全部水の泡――もとい虹色の雲になってしまったのだ。落ち込まずにはいられない。
その後、審査員たちの協議の結果、一位にはデラニーが選ばれ、大きな喝采に包まれる会場をアリスは失敗した薬瓶をポケットに入れて足早に去った。
一人になりたくて、そのつま先は自然と薬草園の方に向く。
薬草園の南端には見晴らしのいい小さな丘があり、そこから壮大な王都の景色が一望できた。
「何がいけなかったのかしら……」
アリスはポケットに入れた薬を取り出し、おそるおそる蓋を開けてみた。するとすぐに虹色の雲がポンと弾けるように飛び出してきて、慌ててふたを閉める。
虹色の雲は綿のようにふわふわしていて、ゆっくりと薄れながら上昇していった。
「この色……もしかして……」
昨日見たクリスタルブラクシスは朝露に濡れると虹色をしていた。もしかしてあれを多く入れ過ぎたのだろうか。だが材料の分量は事前に一つ一つ確認したはずだ。
アリスは大きなため息をついた。
その時、背後で足音がして、彼女は顔を上げる。
「ランメルト様……」
「やはりここだったか。一人になりたくて来たなら申し訳ない。だが、君を放っておけなくて」
「いえ、大丈夫です。少し落ち着いたら戻ります」
爽やかな風にスカートの裾をはためかせながら、アリスは微笑んだ。
「ここにいても気持ちを切り替えるのはなかなか難しいだろう。明日一緒に王都に出かけないか?」
「明日……一緒に……? 誰とですか?」
アリスは首を傾げた。
「そこは察し・・・・・いや、俺とだ。気分転換に町を歩いてみたらいいんじゃないかと思って」
ランメルトは咳払いを一つする。
「はあ……でも、私、お恥ずかしいのですが、あまり手持ちがなくて……」
先日家族に仕送りをしたばかりなので、財布の中身はほとんどない。
「俺と一緒に行くのだから、そういう心配はしないでほしい。君はただ、楽しんでくれればいいんだ」
「でも、ランメルト様はお忙しいのではありませんか?」
「実は……好きな人に贈るプレゼントを選びたいのだが、女性の好みがわからなくて、君に一緒に選んでほしいんだ」
ランメルトは視線を逸らしつつ、恥ずかしそうに答えた。
なるほど、他の令嬢を誘うより、平民であるアリスならば噂の種にもならないということか。アリスはピカンと閃いた。
「それは素敵ですね! お手伝いさせていただきます」
ランメルトの瞳が一瞬揺らいだが、彼はこちらに視線を戻してにっこりと微笑む。またいつもの表情だ。
「ありがとう。それでは、また明日」
「はい。こちらこそありがとうございます」
アリスは丁寧に頭を下げた。
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