第4話
あ、古典の教科書忘れてる。
羽那がそれに気づいたのは2限の後だった。
羽那は仕方なく、と重い腰を持ち上げA組へ向かう。
A組に入ってからすぐに美梅と目が合い、美梅は羽那の元へ歩いてきた。
「なにか貸す?」
「古典の教科書忘れちゃって。持ってない?」
「あー、予習のために持って帰っちゃった。」
美梅は眉を下げて微笑んだ。
「そっか。どうしようかな。」
去年同じクラスだった仲の良い人は他のクラスにもいる。
教室移動で不在ということさえ無ければ借りることはできるだろう。
「あ、舘山くん!」
「っ、!?!!?!?」
羽那は固まる。美梅が手を振った方向に春彦がいる。羽那がそちらを向けば必然と春彦と顔を合わせることになるのだ。
(振り向かないのは不自然だよね!?話の流れから美梅が舘山くんに話しかけた理由は分からないからすまし顔というか、特に何もなさそうな顔で振り返ろう!あ、前髪!変じゃないかな!?)
羽那は触って前髪を整える。羽那の前髪は通称熊手前髪だとか不敬な呼び方をする者がいるが、立派な女子の前髪の一つである。
あまり時間をかける余裕もないため、羽那は早々に切り上げて、恐る恐る振り返る。
「どうかした?」
優しい声でこちらに反応した春彦。困り事には躊躇なく救いの手を差し伸べてくれるであろうその柔らかで純粋無垢な表情はあまりにも破壊的で、羽那は今すぐにでも春彦の顔から目を逸らしてしまいたいほどだった。
「古典の教科書持ってない?私持ってなくてさ、羽那に貸したいんだ。」
美梅の言葉に春彦は状況を理解し、
「多分ある。ロッカー探してくるね。」
と頷き、教室の後ろにあるロッカーへと向かった。
羽那は慌てて美梅の肩を掴む。
「な、何してくれたのっ!」
羽那は緊張で息が上がり、背中に冷たい汗が滲む感覚がしていた。顔が熱い。頭皮がジリジリした。
美梅は飄々とした顔で、
「だってこのクラスに他に友達いないでしょ?」
なんて皮肉なことを言う。羽那は言い返せなかった。
「多分雛も同じことしてたと思うなあ。」
羽那の焦りを他所に美梅は随分楽しそうであった。
しばらくして春彦は古典の教科書を持って取っ組み合いをする羽那と美梅のところに戻ってくる。
「あったよ。」
羽那は慌てて振り返った。美梅に背中をつつかれ、恐る恐る口を開く。
「あ、ありがとう。昼休みに返すね。」
その一言を何とか言い切り、春彦の古典の教科書を受け取った。
古典の小さな教科書を受け取る時、羽那は春彦の手に触れないよう細心の注意を払った。
羽那は逃げるように教室に返り、名前が書かれている面が見えないよう机に教科書を置く。異性から教科書を借りることは大して不思議なことでもないはずなのに、羽那は重大な秘密を抱えている気分になった。
雛は一部始終を聞いて大爆笑した後、「まあ、私も美梅と同じことをしていたと思うな。」と答えた。
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