第4話 スイーツタイム

 街の宿でチェックインをし、そのまま夕飯とお風呂を済ませたアルムは柄にもなくニヤニヤしていた。それはもう、他の宿泊客からの怪訝な視線が飛んでくるほどに。

 彼女がここまでご機嫌なのにはもちろん訳がある。数ある楽しみの中でもことさらに楽しみな至福の時間、『スイーツタイム』が待っているからだ。


 アルムは村や街に泊まる際、現地で必ずスイーツを買って夜に食べると決めていた。甘いものに目がないアルムだが、旅に持ち込めるスイーツというのはそう多くない。それに野宿が何日も続く時だってざらにある。

 だからこういう機会に食べておくのはとても重要なことであり、アルムの『使命』といっても過言ではないのだ。


 風魔法で髪を乾かし、くしですかす。髪が短いとこういう時に楽なんだよな、と考えているうちに、手入れが完了した。

 これで今日やるべき事は全て済ませた。あとはもう寝るだけというこの貴重な自由時間こそ、夜のスイーツタイムにはぴったりの時間だとアルムは考えていた。


 席に着くと、机に置いた小袋からひな鳥を抱えるかのごとく慎重にスイーツを取り出す。


「うはぁ……!」


 普段なら出さないような変な声が漏れるも全く気にしない。

 本日購入しましたのは、チョコレートたっぷりのブラウニー。焦げ茶色の生地にナッツとミルクチョコレートが練り込まれた贅沢な一品だ。てっぺんにはマロンが練り込まれた生クリームが綺麗なしずくの形で乗っかっていた。これを崩さずに持ってこれた自分を褒めてあげたい。


「いただきます」と手を合わせると、まずは生地の端の方にフォークを入れ込んだ。見た目に反してするすると入り込んでいき、簡単に切り取ることができた。それを口の中にそっと運んでいくと、チョコの香りが鼻をくすぐってくる。ひとたび噛めば、チョコの濃厚な風味が口いっぱいに広がり、瞬く間に溶けていく。ナッツの軽い食感がほどよいアクセントになり、飲み込むその瞬間まで飽きさせようしない。


 ひと口食べただけでこんなにも幸せになれるスイーツは実に久しぶりだった。文字通り、ほっぺたがとろけ落ちそうになる。

 お次は生クリームと一緒にいただく。なめらかな舌触りとしっとり生地の相性はまさに最高峰。今なら天にだって昇れてしまいそうだ。


「むへへ」


 甘い幸せに浸ったアルムの声が部屋のなかでこだまする。放浪の旅を続ける強者にだって、たまのやすらぎは必要なのだ。

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