第2話

カーテンから漏れた朝陽が、ベッドに埋まる体を柔らかく照らしてくる。

外からは鳥達のさえずる声が届き、ベッド脇の椅子にはルーアリアが座っている。

絵に描いたような爽やかな朝だ。


「おはようございます!」

「あ〜…おはよう…」


ベッドからのっそりと起き、共用の洗面所へ。魔物の毛を加工したもので歯磨きをする僕に、ルーアリアが満面の笑みを向けてくる。


「朝ごはんとS級試験願書の用意は出来てますよ!」

「ありがとう…」


そして顔を洗い、すっかりと醒めた瞳を拭き、一息のあと。


「見間違いじゃないかぁ〜…」


彼女の前で初めて、素に近い声が出てしまった。


「そんな声も出せたんですね!」


大方支部長が宿舎への立ち入りを許可したとかそんなところだろう。もうルーアリアが起きたらいるくらいのことで動じなくなってきた。


「…帰ってくれないか」

「まあまあ、朝ごはん食べましょうよ!腕によりをかけたので!」


なるべく怖い声を出そうと頑張ったけど通用せず。一階の食堂の方へと背中を押され続ける。


「お断り513回記念だったので張り切っちゃいましたよ!」


端数すぎるし。


『なんでも記念日にする彼女かよ』


耐え切れなかったのか、ぼそりと水妖精のヴェーチェが呟いた瞬間。


背の方から「今何かいませんでした?」というルーアリアの声が飛んでくる。


ヴェーチェの気配遮断は一級品。例え耳元で囁かれても、よほど感覚が研ぎ澄まされていない限りその声を拾うことはできないだろう。


当然、ルーアリアはその枠に含まれない。

肝を冷やしながら進むと、無事食堂に到着することができた。もうオアシスに見えた。


食堂と言っても、料理人がいて定食を出してくれるようなものではない。

派遣者は協会から一ヶ月ごとに食料品を与えられ、それを共用のキッチンで調理して食べる。

いわば、食堂は自炊の場というわけだ。


ちなみに与えられる食料は、討伐された魔物の人気のない部位だったり、規格に合わなかったクズ野菜などが中心。食品ロスを防ぐという意味合いも兼ねられている。


したがって、食堂に並ぶ皿はホルモンだったりなんかの目玉だったりとしっちゃかめっちゃかなのが基本なのだが、今日は様子が違っている。


2列の長机をふんだんに使って、所狭しと並べられている御馳走の数々。見えているだけでも、普段はお目にすらかかれないような高級食材尽くしなのが分かる。


そして、王族の朝って感じの食卓に貪りついている影が1つ。

派遣者一のお調子者のルーグだった。


「あっ…!ちょっと!私の計か…料理!」

「えっ嘘ルーアリアちゃんのだったの?ごめんごめん、おいしそうだったからつい」


焦り顔のルーアリアに平謝りをするルーグ。

すでにかなりの量をたいらげたらしく、恰幅の良い腹が膨らみを増している。


一方、僕はルーアリアの計か…という言葉が引っかかっていた。

計か…計画。料理に何か盛ったんじゃないかという疑念が膨らんでいく。いや絶対盛ってる。間違いない。


ごちそうさまをして離席するルーグに異常はないかと確認すると。


「いやあ別に?変わりないけど」

「そうか…」


至って正常な返事に一安心出来た。ルーグが、食堂の窓から一直線に外へ出ようとし始めるまでは。


「何してるんだ!」


異常な行動を阻止しようと、窓枠に乗ったルーグを引きずりおろした瞬間。


「止めるな!オレはS級試験を受けに行くんだ!」


と大声で叫ばれる。ルーアリアの方を見ると、目をどこかの方へ逸らしていた。


「なんか盛っただろッ!」








「S級試験に行く」しか喋れなくなったルーグを、ルーアリアが解呪してなんとか落ち着かせたあと。僕は宿舎の外を歩いていた。

横には当然ルーアリアがいる。どうして。


「どこ行きます!?」

「帰れ」

「あれ、まだ怒ってます…?」


あれだけの高級食材を変な呪いで台無しにしたのだ。怒らないわけがない。

「食べ物を粗末にするな」と言って以降、ルーアリアは一応バツが悪そうにしている。


「もういいじゃないですかー!呪いは解除してただの料理に戻しましたし!って…」


僕の無表情からそういう問題ではないという意思を感じ取ったのか、ルーアリアが静かになる。


「私、また間違えましたか…?」


先程までの勢いはどこへやら。人差し指同士をくっつけて、微妙なはにかみを見せるルーアリア。

あまり関わりたくはないけど、僕だってこんな痛々しい笑顔を放っておけるほどの非人間ではない。


「食べ物を元に戻したから良し、という訳じゃない。

『手段として食べ物を使う』という選択肢が君にあるのが引っかかっているんだ」


そう。ルーアリアは、食べ物に呪いをかけたことに反省を見せているけど、食べ物を勧誘の手段にした、という点の何が悪かったのか分からない様子でいる。


また何かあれば、勧誘の一環として食べ物を粗末にするかもしれない。そこに僕は怒っていた。


「…つまり、もう食べ物を勧誘に使うなとバーツさんは怒っているわけですね?」

「その通りだ」


ルーアリアは、少し人の心が分からないところがある。毎日勧誘してくるって時点でまあ…って感じだけど。


冒険者協会の中にも、彼女を心の無い化け物と陰口を叩く輩もいる。


けれど、それは違う。分からないだけで、こうして伝えれば自分で噛み砕いて少しずつ知ってくれる。

伝えればちゃんと分かってくれるのだ。


「すみませんでした!もうしません!」


朗らかな笑顔。この表情に突き放した言葉しか刺せないのが心苦しくて。


「…呪いの抜けた料理を少しいただいたけど、おいしかった。ありがとう」


つい、お礼を伝えてしまった。

どういう形にせよ、出された料理はいただくのが筋。ルーアリアがルーグの解除をしている最中、少しだけ手を付けさせてもらった。


本当は『不味かった』とか言って嫌われないといけないけど、味に嘘はつけない。

料理の残りも派遣者仲間が美味しく食べていることだろう。


瞬間、胴にドフッという重い衝撃。

僕の腹に巻き付いたルーアリアが、キラキラとした眼でこちらを見つめている。


「バーツさんッッッ!!!!!!」


ブンブンと揺れる、彼女の白黒な三つ編みが機嫌のいい犬の尻尾に見えてくる。


礼を言うんじゃなかった、という後悔。この調子だと明日も来るだろう。


「じゃあどこ行きましょうか!?」

「帰れ」

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