きれいな水を出すことしかできないサポート冒険者最弱のおっさん、なぜかS級冒険者に勧誘(ストーキング)されまくる
しまわさび
第1話
水は便利だ。誰かにこう言っても、そりゃあまあ…と中途半端な頷きを返されるだろう。
当然誰もが水の利便性を知っているけれど、『あって当然』なのでみんな忘れかけている。
清廉な飲み水が桶一杯分あるだけで、様々な用途に使用できるということを。
その一例が今だ。
「痛ぇ〜〜〜!!!!」
血の滲む傷口を抱えて、地面にうずくまる冒険者。その様を心配げに見つめながら、治癒の準備をする魔法使い。
僕の出番はここだ。
この冒険者は迷宮の探索中、はしゃいで先走ったせいで5mもの高さから滑落してしまった。
壁を擦りながら落下したので、腕の血に混じって細かい土や石が付着している。
このまま治癒魔術を使用すれば、彼の腕の中にたくさんの異物が内包されてしまうだろう。
だけどこの能力があれば大丈夫。
空中からボタボタと流れ落ちる少量の水。それが、傷口の血や細々としたもの達を洗い流していく。
宙から出ているのは、雑菌を含まない清らかな水。
飲料水にもなるし、貯めれば水浴びもできるし、こうして傷口を洗い流すこともできる。
これが僕の能力、『きれいな水をちょっとずつ出せる』。
地味だねってよく言われる。
「うう、ありがとう…臨時のおっさん」
「いいから、じっとして」
満身創痍の冒険者が、礼を伝えてくる。臨時のおっさんとは僕のことを指した言葉。
そう。僕は、この冒険者達の仲間でも何でもない。
特派員制度。
S〜C級まである冒険者の内、低級であるB級C級の年間死亡率は非常に高い。
不慮の事故だったり、経験不足から来る判断ミスだったり。そんな事態が頻発しているからだ。
低級冒険者に見合った任務を、元締めである冒険者協会も回すようにはしているが、それでも死傷率は年々増していく一方。
そんな時に登場した画期的なシステムが、特別派遣人員制度、通称特派員だ。
B〜C級の低級冒険者は依頼受注時、派遣冒険者を1人選んで任務に同行してもらうことが出来る。
派遣者とは、在籍5年以上のベテラン冒険者が選抜を得て任命される役職のこと。
支部一つに平均10人は駐在しており、要請があるたびに交代で出動する。そして、低級任務の最中に様々な方法で低級冒険者をサポートするというわけだ。
この特派員制度の登場によって、年間を通した冒険者の死傷率が大幅に減少。低級冒険者の間では救いの神として親しまれている。
そして、一応僕もその派遣者の1人。ただし、所属している地方支部の中では最弱だけど。
それもそのはず。きれいな水を出す能力の使い所は、水が重要視される長期の旅や、迷宮で閉じ込められた際に餓死を防いで救助までの時間稼ぎをするくらいしかない。
派遣要請は月に3回あればいい方。今日だって、他の派遣者が空いていなかったから「じゃあこのおっさんで…」と仕方なく迷宮探索に呼ばれている。
バーツ・キーリング、特徴口下手。ピチピチの34歳。その日常はこんな感じだった。
「すでに踏破された迷宮を調査したい」という考古学的な依頼だったので、あの後冒険者の怪我以外に大きな出来事も起きず。
臨時のパーティーは、協会へと帰還してから無事に解散した。
冒険者の少年たちはたいして何もしていない僕に、「ありがとう!」とお礼を言ってくれた。めっちゃいい子…。こんな無愛想なおっさんに優しくしてくれてありがとうね…。
反面、受付嬢はいつものように中途半端な笑みを浮かべながら報酬を手渡してきた。
内心「なんでこの人クビにならないんだろう…」と思っているのがひしひしと伝わってくる。
僕だって不思議だ。
人付き合いも上手くないし、綺麗な水しか出せない。なんでクビにならないんだろうって毎日思ってる。
でもサポート中に低級冒険者の死者を出したことは一度もないので、そこで首の皮一枚が繋がっている気がする。
そもそも特派員とは、最上クラスであるS級に
届かない実力だが、経験だけは蓄えているベテランを救済する制度でもある。
だから僕のような、なんちゃって冒険者にはうってつけの職というワケだ。
まあ給料は要請を受けた回数を反映しているので、年中閑古鳥な僕は月に3日分の食費くらいしか貰えないけど、所属派遣者が待機する用の詰所兼宿舎(飯付き)があるので問題なく生活出来ている。
「お、湧き水くんじゃねーの。調子どーよ?」
「普通だ」
協会で受付待ちをしている歳下の冒険者にも完全に舐め切られているけど、まあ当然だろうなと割り切れる歳になってしまった。
たまに来る派遣要請で低級任務をこなして、ご飯を食べて眠るだけの日々も今年で10年目。
この平穏にもようやく慣れ始めている。
そう。ある一点を除いて、平穏という日々に。
協会を出て宿舎に向かおうと、重厚な扉を開けた瞬間。
「バーツさん!私とパーティーを組んでください!」
「断る」
いつものやり取りを少女と交わす。もう毎日声を掛けられるので、習慣と化していた。
「断ると500回は言った」
「惜しい!513回です!」
さすがに怖いという域に入っている。
彼女の名前はルーアリア。ここ、極東冒険者支部が産んだ初のS級冒険者だ。
異常なまでの観察眼に支えられた、卓越した剣技で低級としての下積み期間を瞬く間に通過。
勢いは止まらず。
合格者を1人も出さない年も珍しくない程、厳格な審査を行なっているS級昇級試験を首席でクリア。
S級として、数々の難関任務を易々とこなし続けていると聞く。
寂れた一地方の零細支部が人員に溢れた中規模施設として生まれ変わったのも、『ルーアリアを輩出した』というスター性に呼び込まれたからだ。
そんな、世界の注目を浴びる時の人が毎日毎日僕をS級パーティーに勧誘してくる。正直めっちゃ怖い。
そもそも、彼女が低級冒険者だった頃、一度派遣でサポートをしたことくらいしか接点がない。
その時だって、僕はルーアリアに特別何かをしたというわけじゃないのに。
「断る」とかすかして言ってるけど、内心ビクビクだし「もう許してください」の裏返しだった。
なるべく目を合わせないようにしながら、宿舎への道を早歩きで行くと。
ルーアリアが黒に白が混じった太い三つ編みをなびかせて、ぴっちりと横並びに着いてくる。
結構なスピードを出しているのに苦にもしていないようだった。
「待ってください!今日、冒険者くんの傷口洗い流してましたよね!?それをじっくり観察したんですけど!」
元気に尾行してましたって宣言してくるし。
『朗らか』と『狂気』が両立するってことを毎日教わっている。
すると、その明るい声色のままに。
「やっぱりあの水、バーツさんが出してるものじゃないですよね!?」
唐突に核心を抉ってきた。その瞳はキラキラと輝いているけど、奥に沈んだ深い黒を隠していない。
その深淵でこの世の全部を僕ごと見透かしているんじゃないか、という気持ちにすらなってくる。
「ねーS級試験受けましょうよ!そして私の仲間に!お願い!一生のお願い!」
「…もう来るなよ」
とだけ言い残し、宿舎の玄関を閉める。
ようやく恒例の時間が終わった、という優しい安堵感が全身を包む。
…と思ったけど。
一階の長廊下に取り付けられた窓ガラス越しにへばりついたルーアリアが、じっとりとこちらに視線を送っていた。
極東支部長が浮気した時の地方新聞記者もここまで執拗じゃなかった記憶がある。
舐めるような視線をスルーして奥の階段へ。ここを上がれば、自室はもう目の前だ。
だからと言って安心は出来ない。
部屋に入ってからまず、小さな部屋に所狭しと並ぶ家具達をチェック。タンスOK。机OK。椅子OK。ベッドOK。
次に、私物が動かされた形跡はないかの確認。
それが済んだところで、ようやく体を休めることが出来る。
なぜこうも入念にチェックする必要があるのか。
それは、以前部屋を数時間留守にした間に、ルーアリアが500個くらい盗聴用の魔道具を取り付けてきたことがあるからだ。限度がある。
問い詰めると、ボーナス全部をそれに注ぎ込んだと白状した。僕の食費に換算すれば3年分にもなる大金が盗聴に使われていたのだ。恐怖だった。
…しかし、ここまでの執着に加えてあの観察力なのだ。"ヴェーチェ"を見られたのかと思って、心底焦ってしまった。
『もう出てもいい?』
トラウマを反芻する僕に虚空から声をかけてくるヴェーチェ。ルーアリアを警戒して、姿を消したままでいる。
「まだルーアリアがいるから、ちょっと待ってね」
『ちぇー』
実際、ルーアリアの言う通りだった。
協会には『清らかな水を出すことができる』と言ってあるけど、あれは僕の能力じゃない。
いつからか僕の周りを飛ぶようになった小さな水妖精、ヴェーチェが出しているものだ。
姿を隠しながら派遣任務に同行し、サポートをしてくれている。
加えて。水は最大でも樽一本分くらいしか出せないと報告しているけどこれも虚偽。
ヴェーチェの水は無制限に出せる。好きな勢いで、好きなだけ。
水は便利だ。洪水に、土石流に、大津波。様々な方法で命を奪うことが出来る。
そして、僕自身が持つ能力と非常に相性がいい。
ヴェーチェの無制限の水と組み合わせれば、過言ではなくこの世の生物の過半数を殺すことができる。
でも僕自身が持つ能力は、ある理由で10年前から数回しか使用していない。ヴェーチェの力を自分の為に使うつもりもない。
ただ、新芽のように輝く新人冒険者たちを助ける平穏な日々を、いつまでも続けたいだけ。
それに。どうルーアリアに誘われても、僕はS級に返り咲くつもりなんか毛頭なかった。
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