第2話 ①


「起きてよ。出発するよ」


肩を揺すられリオンは目を覚ます。


「ああ、すまない」


起きたばかりで頭が働かない。

目頭を押して頭をシャッキリさせる。


「荷物は持っていくよ」


そう言ったのは死んだはずの弟のミゲルだ。

奇妙な感覚に鼻の奥がツンとした。

確かに弟は死んだはずだ。

しかし、目の前にいる。


(そうか、今日か…)


頭の中に二つの記憶がある。

ネアハの処刑を見届けるまでの私の記憶と現在、弟と共にパーティに向かう今日までを過ごした私の記憶だ。

どちらも私の記憶なのだが全く別のものに感じられむず痒さを覚える。

つまり、私は死んだはずの弟を見て、何故生きているんだと驚く私となんの変哲もない日常だと捉える私の2人分の感情が渦巻くのだ。


私は時間を遡ったのか、それとも今起きるまで果てしなく長い夢を見ていたのか。

よくはわからないが処刑を見届けた私の記憶とすでに違うところがある。

あの日、と私が称していたミゲルが殺され、ネアハが変わってしまうきっかけとなる一連の事件が起きるパーティーに私も参加する手筈となっていることだ。


ネアハの継母の誕生日を祝うパーティー。

ネアハの父と4人の妹、それとそれぞれの婚約者。

加えてリオンだけが招待された小さなパーティー。

前回は身内と婚約者ばかりの中に自分が混ざることに気が引けて欠席を伝えた。

するとそれでも是非と返答が来たが辞退した。

今回は一度辞退したが是非と言われ参加することにした。


(あまりゆっくりしている場合ではなかった)


出発すると言われていたのを思い出して馬車へ向かう。


「やっときた」


ミゲルに半ば呆れられながら馬車に乗る。

馬車から見た街の景色は懐かしさを感じさせた。

どこが、と言われると表現が難しいが色々なものが新しく見える。


「今日、どうしたんだい?ぼーっとしてるみたいだけど」


ミゲルに言われて考える。


「まだ寝ぼけてるみたい」


当たり障りのないことを答える。

仕方ないだろう。

記憶の整理がつかないんだ。

改めてミゲルを見るとやはり不思議な気持ちだ。

死んだはずの弟が喋っている。

じっくり見るとこんな大人びていたのだと感じる。


「やっぱり変だよ」


「すまない」


「まあいいさ。パーティーの時はしっかりしてよ」


「…気をつける」


それから会話はなかった。

外を眺めてばかりいる私に気を使ったのだろう。

私からすれば心の準備が必要なのだ。

死んで数年経った弟、疎遠になった親友とその家族。

彼らと何事もなかったように会話しなければならないのだ。


何を話せばいい、どう接したらいい。

頭の中はそのことでいっぱいだ。

いつも通りに話せばいい。

それができるかが心配なのだ。


そんなことを考えていると決戦の地とも言えるフルールエンス家の別荘が見えてくる。

頬を叩いて気合いを入れる。

ミゲルに笑われる。


(私はここで最善を掴まなければならない)


一気に不安が押し寄せる。

私はここで起きたことの概要しか知らない。

こんな私にできることはあるのだろうか。

約束、その言葉が頭をよぎる。


(少なくとも…)


約束は果たそうと思う。


車輪は悲鳴をあげ、馬車は止まる。

こんなところだっただろうか。

何度か来たことはあるはずだが最早記憶は曖昧だ。


「ようこそおいでくださいました」


フルールエンス家執事のレイネンに出迎えられる。

レイネンは物腰の柔らかい紳士だ。

髪に白髪が混じっているが初老という歳ではなかったはずだ。


「ああ…」


久しぶりだなと口から出そうになって押し黙る。

自分のことながら先が思いやられる。

挨拶はミゲルが済ませてくれた。


屋敷の扉が開かれる。

豪華絢爛な内装と品の良い調度品が目に飛び込んでくる。


「「いらっしゃいませ」」


見覚えのある使用人たちに出迎えられる。

年長の使用人のハク、後の2人は流石に名前までは思い出せなかった。

そして奥の方からバタバタと


「よく来てくれたわね!」


親友ネアハが優しい笑顔を浮かべて飛び出してきた。

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