館の中の極彩鳥
@e7764
第1話 断罪
断頭台の回りには熱狂渦巻く。
殺せ、殺せと怒号と歓声がとぶ。
稀代の悪女、ネアハ=フルールエンスは今日処刑される。
公開処刑はは民衆にとっては娯楽のようなものだ。
気に食わない貴族が無様に殺される、それだけで貧相な心は満たされるのだ。
そのためこの場はお祭り騒ぎとなっている。
奇妙な歓声をあげるものもいる。
そこに彼女は現れる。
凛として堂々と、そして薄ら笑いを浮かべて。
その姿は私の記憶の中の彼女と同じだ。
違うのは見窄らしい服と釣り上がった目尻だ。
彼女はまさしく悪党そのものだった。
絵に描いたような悪徳貴族だった。
欲に溺れ、権力を振り翳し金を貪り弱者を嬲る。
その姿を複雑な感情で見ていたのは私1人なのかもしれない。
私にとって彼女は私の弟を殺しのうのうと生きている悪党。
そしてかけがえの無い唯一無二の親友だった。
彼女は私の半身と言っても過言ではなかった。
同じ視点で笑い合い、悲しみを共有し時折私に無いものを見せてくれる。
どんな悩みも彼女には打ち明けた。
彼女はいつも詩的とでも言うのか独特の言い回しで私を励ました。
それらはよく私の頭に残り、何度も救われた。
そんな彼女が人を殺したと聞かされた時は信じられなかった。
彼女の妹の婚約者でもあった私の弟も殺されたと聞いてどうにもできなかった。
風の噂で彼女はやっていないと主張していると聞いた。
愚かな私は弟のために怒ることも親友を信じることもしなかった。
ただただ彼女と距離を置いた。
関わらないようにした。
言い訳をするならそうせざるを得なかった。
彼女は変わってしまった。
悪に染まっていった。
その過程も噂程度に耳に入れていた。
彼女は今日死ぬ。
私を支えた、恥ずかしくも例えた大輪の花はここで散る。
関係ない、関わらないと決めていた。
いや無関心になった。
風前の灯。
そんな彼女の姿を見て今更後悔の念が善人ぶった私の心を蝕んだ。
彼女との思い出が頭の中を駆け巡る。
死にゆく人が見るそれを走馬灯と呼ぶなら死にゆく人を見る私が見るこれはなんと呼ぶのだろう。
断頭台に固定された彼女は死を受け入れている。
ここからでは表情までは見えない。
処刑は執行される。
彼女の2番目の妹、私にとっても弟の下の妹になるはずだった女性によって執行される。
斧が振り下ろされる。
ロープが切れる。
断頭台の刃が落ちる。
思わず目を逸らす。
『嘘つき』
彼女が耳元で囁いた。
そうだ、私は嘘つきだ。
罪に問われない罪人だ。
私は約束していた。
どんな時も味方でいてくれる?
そう尋ねた彼女に私は
例え全てが君の敵になっても
と格好をつけて答えた。
それがどうか私は全てを敵に回した彼女を見て見ぬふりをした。
私は信じるべきだった。
それ以前に知るべきだった。
彼女の悪を。
そしてあの日を。
つま先に重い何かが当たる。
目を開けてそれを見る。
それは斬られた彼女の首だった。
それも釣り上がった目の彼女ではなく私の優しく笑いかけるあの頃の彼女だ。
そんなはずはない。
あの断頭台からここまで人の頭が飛んでくるはずがない。
タチの悪い悪夢だ。
そう言い聞かせても彼女の瞳はじっと私を捉えている。
優しい笑顔で似つかわしくない激情を孕んだ瞳で。
悲鳴の一つでも上げて尻餅でもついてやればよかったのだ。
それで彼女のお茶目な復讐劇は幕を閉じたはずだったのだ。
それなのに私はただ彼女の瞳をじっと見つめ返した。
それゆえ彼女は私の瞳から浮かぶ何かを感じ取った。
私が彼女の激情に気づいたように。
そして私は呪われた。
他ならぬこのリオン=フラクトール自身によって。
『なら行きましょう』
笑う彼女は私を突き飛ばす。
見事に私は落ちていく。
私の過去が駆け巡る走馬灯もどきの中を。
こうして私は彼女の手によって闇に染まったあの日に連れ戻された。
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