第2話 ②


「よく来てくれたわね」


心臓が跳ねる。

目の前に現れたネアハに言葉を失った。

こんな風に笑顔を向けられたのはいつ以来だろう。

彼女の無邪気な笑顔を見たのはいつ以来だろう。

母親譲りの綺麗な銀髪。

薄紫のドレスもよく似合っている。

白い肌も血色がよく、凍った肌を白く塗っていたようなあの頃とは違う。

私は思わず彼女の頬に触れていた。


「まあ、恥ずかしいわ!」


頬を赤らめ照れる彼女に私は我に返った。


「今日、ちょっとおかしいんだ。なんかぼーっとしちゃってさ」


ミゲルに肘で小突かれる。

笑ってはいるが小突く力が強い。

何をやっているんだ、そんな意味が込められているのだろう。


「すまない」


短く2人に謝罪をした。

ふふふ、と笑う彼女にまた見惚れそうになる。


「さあ行きましょう。みんな揃っているわ」


彼女に連れられ大広間に入る。

扉が開いた音で今回の主役のエレーナとミゲルの婚約者エルウィングがこちらへ向かってくる。


綺麗に伸びた金髪の少しおっとりした女性。

主役の方から歩いてくるというのもおかしな気がするが身内ばかりのパーティーでは細かな決まりなど守らなくて良いということなのだろう。

私とミゲルはエレーナに祝辞を述べ、贈り物を渡す。


ミゲルはアネモネのあしらいの花瓶、私はアネモネの花束だ。

アネモネはエレーナが一番好きな花だ。

その花で揃えた花瓶と花束と聞いて飛び跳ねて喜んでいた。

弟の贈り物をたたせるため少し味気ないものを用意していたのだが偶然にも粋な贈り物になった。


エレーナはフルールエンス家当主ローレンスの後妻で3人を産んだ母親であるはずなのだが少女のように見えるほど若々しい。

以前若さの秘訣を聞いたことがあったが

毎日が幸せなことかしら?とエレーナらしい答えをもらった覚えがある。


エレーナが花瓶と花束を飾りに向かったところでエルウィングに腕を絡められて赤面するミゲルを引き離す。

エルウィングはお茶目に見せて強かさをもつ女性だ。

黒髪を含め一番父親になのはエルウィングかもしれない。

そんなことを思いながらローレンスへ挨拶に向かう。


向かう途中、ローレンスの後ろに立つ剣士が目に入った。

誰だったかと遠目ながらじっと見る。

面影があって思い当たった。

確か名前はオーグ。

腕はいいが体格に恵まれなかった剣士だ。

と言っても数年後に急に背が伸び体格も良くなり、名を知らぬ者などいないほどの剣士になるはずだが。


ローレンスの側まで寄る。

ローレンスは立ち上がって私たちを歓迎してくれた。

ローレンスは男性にしては背が低い方だ。

しかし、その威厳のある佇まいは見上げるほど彼を大きく見せ、鋭い眼光は相手を萎縮させる。

そんな彼も家族ばかりのこのパーティーでは笑顔を見せる。

普段の印象もあってかその笑顔は家族に対して深い愛情を感じさせるものだ。

彼にとって今日のパーティーは特別なものなのだろう。

そう気づいてしまうと胸の奥が痛む。


この日、ローレンスの幸せな家族は崩れ去るのだ。

そして彼の目の前にいる私はそれを知りながら何も策を持っていないのだ。

謂れのない罪悪感に苛まれながらも私は笑顔で挨拶を終えた。


席に案内される。

席に座る前に先に次々と挨拶をされる。

最初は三女のセレーネと婚約者のジョシュア。

大人しそうに見える金髪のセレーネと優しそうだが神経質そうにの見えるジョシュア。

ジョシュアに兄さんと呼ばれミゲルはどこか偉そうにしている。


次は四女のクレハと五女のシスカ。

双子である2人は顔はそっくりだが好みが違うらしい。

何より髪の色が違うので間違えることはない。

クレハは金髪、シスカは黒髪。


最後はクレハの婚約者のアーランとシスカの婚約者スコール。

陽気なアーランと寡黙なスコール。

アーランは女好きと言う噂をよく聞く。

一方のスコールは堅物で有名だ。

正反対に思えるが2人は不思議と気が合うらしい。


「その辺りにして先に食事を始めよう」


ローレンスの一言で全員が席に着く。


正方形より少し横長の机。

ローレンスを中心に右隣が空席、左隣にエレーナ。

右側の席に手前から私、ミゲル、ジョシュア。

左側の席に手前からネアハ、エルウィング、セレーネ。

向かい側に席に右からアーラン、スコール、シスカ、クレハの順で座った。

私がこの席なのは婚約者同士を対面に席を決めていくと婚約者のいないネアハの正面が空くからだろう。

長女であるネアハになぜ婚約者がいないのかを尋ねたことはないが跡取りの男子が生まれなかったことに理由があるのではと勝手に考えている。


料理が運ばれ始めた。

私はあらためてゆっくりと参加者の顔を見た。

誰も彼もが懐かしく思える一方でこれほど人の顔をじっくりと見たのは初めてだと感じた。

この場でエレーナ、ミゲル、レイネンが死ぬ。

ネアハは殺人犯となる。


私はそれ以上のことを知らない。

いつ、どこで、どうやって死ぬのか。

以前の私はそれらから目を逸らしてきたからだ。


ローレンスの一声で食事が始まる。

それぞれが食事に手をつける。

美味しいなどと賛辞を口にする中、私も遅れて食事に手をつける。


レイネンが飲み物をグラスに注ぎ始めた時、


「待って!レイネン、お義母様にあれを持ってきて!」


と言ったエルウィングにレイネンはかしこまりました、と一礼して退室し、ワインを持って戻ってくる。


「とっておきのワインなの!私が選んだのよ!」


エルウィングは誇らしげに受けっとたワインを見せびらかす。


「お姉様、お義母様のグラスに注いでいただけますか?」


「もちろんよ!」


嬉しそうに言ったネアハが栓を抜こうとするエルウィングを止める。


「待ってエル。そのまま貸してちょうだい」


ネアハが栓の開いていないボトルを持ちながらどこからかナイフを取り出した。

そこにいる全員が驚いているがネアハはお構いなし。


「見てて」


片手でボトルを抑え、ナイフで側面を軽く叩く。

当然だがカンカンとガラスを叩く音が響く。

なんだろう、そう思った瞬間、ネアハが強くナイフを振った。

ボトルの先がポロリと落ちた。

ボトルの刺さっているコルクの下あたりからボトルのガラスが見事に切断されたのだ。


「ね!凄いでしょう!」


彼女は切り落とされたボトルの先を拾い、レイネンに渡しながらそう言った。

周りは唖然としている。

ただ1人、エレーナだけは手を叩いて喜んでいる。


「凄いわ!ネアハ!」


でしょう、と得意顔でエレーナのグラスにワインを注ぐ。


「ネアハ、今回は見逃すが危険なことはしないように」


ローレンスが苦言を呈す。

ネアハは不貞腐れたフリをしている。


「綺麗なピンク色ね。選んでくれてあるがとう、エル」


「いいでしょ?ロゼワインなの。早く飲んで!」


うふふ、と笑いながらエレーナがワインを口に含む。


「まあ!とっても!」


エレーナの手からグラスが滑る落ちる。

正面に倒れ込む。

料理を乗せた食器が次々と床に落ちる。


「エレーナ!!」


ローレンスが駆け寄る。

喉を抑えてもがき苦しむエレーナはローレンスの腕の中で力無く倒れる。


「エレーナ!!!!」


ローレンスの絶叫、周りから上がる悲鳴。

エレーナは最初の犠牲者として死んだ。

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