堕ちた人魚姫

 

 少女は人魚でした。

 しかし海には住んでおらず、森の中にある湖の中で生活しておりました。

童話『人魚姫』のように代償を払わなくても、自由に外へ出て呼吸をすることが可能でした。また水辺から出る度、背びれをすらりとした足に変えることもできました。

そして歩くたび痛むこともなかったため、少女はいつも自由に野原を駆けまわっていたのでした。

そんなある日のことでした、少女が少年と出会ったのは……。



少年は両親とともに、街で暮らしておりました。しかし環境には恵まれておらず、常に暴力が絶えない家庭でした。

とうとう我慢ができなくなった少年は、家を飛び出すことにしました。走って走って、たどり着いた先は街から少し離れた森の中でした。少し木に登ると熟れたフルーツが実っており、手に取っては頬張りました。

少年にとっては久しぶりの食事であり、様々なものを見つけては片っ端から齧り付きました。やがて喉が渇いたため水辺を探すと、大きな湖を見つけました。少年はすぐさま駆け寄ると、手に掬って水を飲み始めたのでした。


そんな時でした、少年はバランスを崩し湖の中へと落ちてしまいました。


その頃、少女は湖の中を泳ぎまわっておりました。今日は何をして遊ぼうか悩んでおり、折角なので奥底を探検しようと思いついたその時でした。


激しい水音に驚いて見上げてみると、人間が浮かんでいるのが見えました。少女が慌てて近寄ると、その人間は自分と同い年くらいの少年でした。

少女は陸まで運ぶと、急いで人工呼吸を施しました。少年の服装はお世辞にも整っているとはいえず、濡れた服からは薄っすらとアザが透けて見えました。少女は少年が心細いだろうと思い、目覚めるまでそばにいることにしたのでした。


少年が目覚めると、最初に目に飛び込んできたのは一面の青空でした。体を起こすと服は濡れており、上からタオルが1枚かけられておりました。また隣には、自分と同い年くらいの少女がちょこんと座り込んでいました。

少女が話しかけようとすると、少年は驚いて逃げようとしました。しかし、落ちている石に躓いて転んでしまいました。追いついた少女は少年を起き上がらせると、腕を引っ張りどこかへ連れて行きました。


少年が連れてこられた先は、一軒の小屋でした。

 

少女が扉をノックすると、髭を生やしたおじいさんが出てきました。


過去に少女が森の中を散策していると、おじいさんは少女か迷子だと勘違いして声をかけてきたことが、この二人の出会いでした。


少女は人間の言葉がわからないため口が聞けませんでしたが、それでもおじいさんは仲良くしてくれる唯一の人間でした。


おじいさんは少年を見るとすぐに小屋へと招き入れ、二人に温かいスープをご馳走してくれました。少女が初めて出会った時に飲ませてくれたものと同じであるため、少女はこのスープが大好きでした。二人がスープを飲んでいる間、おじいさんは新しく少年の服を縫ってくれました。

そのため今の少年は、バスタオルに包まった姿でした。


やがて少年の服が出来上がると、おじいさんは少年を別部屋に呼び出しました。服を渡すと同時に、おじいさんは人魚の鱗が欲しいことを伝えたのでした。少年はスープと服のお礼に、人魚を探すことにしました。


あれから少年は人魚をずっと探しておりました。街へ戻ると、中から陶器が割れる音と怒鳴り声が聞こえてきて、家に帰ることができる状況ではありませんでした。

帰るところのない少年は、またおじいさんのいる森の中へと入っていきました。

少年が戸を叩くと、中からおじいさんが出てきました。おじいさんの胸の中に少年が飛び込むと、そのまま抱きしめて家の中へと連れていきました。



おじいさんと少年と別れた後、少女は湖に戻りました。少女は顔に手を当てると、頬がほんのり温かいことに気がつきました。

少女は少年に恋をしてしまったのです。







少年が目を覚ますと、手には小さな銀貨三枚が握られていました。そしておじいさんは、人魚の鱗を持ってきたら更に良いものをあげると金貨を見せてくれました。

またおじいさんは銀貨を見せると、家の人が殴ってこないと教えてくれたので、少年は一度帰ることにしました。


少年が家に着くと、途端に父親が殴りかかろうとしてきました。そこで少年が銀貨を見せると、ピタリと止まり父親と母親は見る見るうちに笑顔に変わりました。

少年は何故そうなったのかわかりませんでしたが、銀貨がもっと手に入れば暴力は振るわれることはないと思い、次の日またおじいさんの元へと戻っていきました。


その頃少女は湖で日光浴をしていました。少し前に出会った少年のことを思い出しては、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしておりました。一目でも会いたいと思いつつも躊躇っているところを、少年が前を通りかかりました。

少年は目を見開いて、少女の方を見入っておりました。少女は足元を湖につけたままでしたので、一目見て人間ではないことがバレてしまいました。


少年は少女に駆け寄り、鱗がいくつか欲しいといいました。鱗を剥がすことは痛みが伴うため少女は首を横に振りましたが、少年が手を合わせてお願いするため剥がすことにしました。痛みに顔を歪めながら、なんとか三枚剥がすと少年はお礼を言ってそのまま去っていきました。

少年が去った後、少女は一人寂しく泣きました。


少年はおじいさんに鱗を渡すと、今度は金貨三枚を握らせてくれました。少年はその金貨で買い物をしようと街へと戻っていきました。

買い物をしている途中、人魚の肉が健康にいいとの噂が耳に入りました。少年はおじいさんが喜ぶと思い、伝えようと森へ入っていきました。


ドアが開くと、少年は喜び勇んでおじいさんの胸に飛び込んできました。優しく抱きしめ返されると嬉しくて笑顔になりました。

そして、人魚の肉が健康にいいことを伝えました。



少女は剥がした部分を包帯で巻いておりました。数時間前だとはいえども、水に浸けるとヒリヒリと痛むため、処置を終えると湖の淵に座って空を眺めていました。

サクサクと足音がするため、少女は後ろを向きました。


するとそこには、少年とおじいさんが立っておりました。




その後少女は泳げなくなってしまい、そのまま行方不明になってしまったのでした。

少女の次におじいさんも行方不明となり、少年だけが取り残されてしまいました。


数年後、少年は大きくなり湖へと足を運びました。覗きこむと水面に映るものは自分の顔ではなく、赤黒く濁った水でした。

辺りには虫がわいており、異臭も放っております。

少年が立ち去ろうとすると、後ろから足を掴まれました。振り返って見てみると、湖から右手が伸びておりました。

少年は慌てて逃げようとしましたが、右手の主は水面から姿を現し、気味の悪い笑みを浮かべました。



その後、少年の姿を見た人は誰もおりませんでした。

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