第3話 出立

 ジノ・フェルト、14歳。

 アイルの死から一年半が経過したこの日、ジノはついに旅立ちの時を迎えていた。


「ジノ、元気でな」


「いつでも帰ってきていいからね」


「ありがとう、父さん、母さん。絶対合格してくるよ」


 ジノの見送りには彼の両親だけでなく、村人のほとんどが詰めかけている。

 魔物を倒したあの日から、ジノはすっかり村のヒーローとなっており、彼が勇者学院の入学試験を受けるならば『何としても村の代表として合格して貰わねばならない』と、大勢の人が協力した。


 あれから身長も伸びて立派になったジノの腰には、村の武器屋に貰った剣が携えられている。


「来たぞ、行ってこい」


 そんな彼らの元に、カバーニュ村から王都へ向かう唯一の手段である馬車が到着した。

 父はジノの背中を押して一歩目を踏み出させる。


「それじゃあ行ってきます!」


 村の人たちの期待とアイルとの約束を胸に、ジノは馬車へと乗り込んだ。





 入学試験は二日後に王都で開かれる。

 その影響もあって、馬車にはジノと同じくらいの年齢の少年少女が多数いた。

 彼らと競い合うことになるのだろう、そんなふうに考えながらジノは空いている席に腰を下ろす。

 

 受験生は皆移動時間も惜しんで試験問題の対策を行なっている。

 しかしジノにとってその必要はない、なぜなら──




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「嘘⁉︎全問正解⁉︎」


 今から1年前、ジノが勇者学院への入学を決めてからのこと。

 イライザの指導のもと座学試験の対策が始まったのだが、ジノはいきなり過去問で満点を取った。


 というのも座学試験では武術や魔術についての知識が問われる。

 ジノの思い出せた記憶がごく一部だとしても、前世における戦いの経験があまりにも豊富すぎるため、既にそれらの知識は他の人のものとは比べ物にならない。


 加えて武術については特に『ベリオル流』というものについて問われることが多いのも大きい。


 なぜならその武術の考案者であるベリオル・ゾフは、かつてエリオンと共に魔王を倒した勇者の仲間なのだ。

 ジノは誰よりもベリオルのことを知っている、故にどのような形で出題されようと間違えるはずがなかったのだ。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ベリオル、今じゃみんなお前が言っていたことに夢中だぜ」


『俺の武術理論を多くの人に広める』


 かつてベリオルは口癖のようにそう言っていたが、その夢は100年越しに叶っていた。

 そのことに思わず嬉しくなって感慨に耽っていると、再び馬車が停止した。


 しかし降りる人は一人もおらず、皆手元の本から目を外さない。

 手持ちぶさたなジノは適当に視線を泳がせていると、新たな乗客の一人、ジノとそう歳の変わらない少女と目が合った。 


 銀のエアリーボブに丸い顔立ちと大きな目が特徴的な、可愛らしい女の子。

 柔らかい表情と堂々とした立ち振る舞いから明朗快活な印象を受ける。


 格好は白のフリルシャツとキュロットに黒い膝上ブーツ、その上から淡い緑のケープを纏ったというもの。

 肌の露出がほとんどないだけに、白くきれいな太ももが露わになっているのが目立つからだろうか。

 他の乗客の男達は一瞬だけ目線を上げていた。


 少女はその視線に気づいていたが、それらを気にすることなくジノの元へと歩いていく。


「隣座ってもいい?」


「別にいいぞ」


 一言ジノに断りを入れてから少女は隣に腰を下ろした。


「ねえねえ、アナタも勇者学院の試験を受けるの?」


「アナタ『も』ってことはお前もか?」


「うん!私はアリシア・カストゥール、よろしくね!」


「俺はジノ・フェルト、よろしく」


「私のことはアリシアって呼んでね、私もジノくんって呼ぶから」


 入学試験を間近に控えていることもあって馬車の空気は非常に重いが、二人のいる場所だけは和やかな雰囲気になっていた。

 想像以上に明るい子だな、とジノが考えていると再び馬車が動き出す。


「それにしてもなんかすごいピリピリしてるよね。乗ってきた時すごい緊張したもん」


「俺もさっきまで息苦しかったよ。ま、これで人生が変わるヤツも多いだろうし仕方ないな」


「ジノくんは?勉強しなくていいの?」


「ああ、座学は問題ない」


「すごい自信だねー」


「アリシアもそうだろ?」


「ふふっ、まあね。座学の勉強はたくさんしてきたし、私は特に魔法が得意なんだ。なんたってサラ様に憧れて勇者学院を目指すんだからね!」


「サラ?」


 その名を聞いた瞬間ジノの頭の中に記憶が流れ込む。


 勇者にとって一番最初に仲間になった人物であり、圧倒的な魔法で立ちはだかる敵を悉く殲滅し、遂には『世界最強の魔法使い』とまで呼ばれるようになった少女、その名は。


「サラ・モンタラフ……」


 ジノは自分自身でも不思議なくらいに自然とその名前を口にしていた。


「そう!そのサラ様の魔術理論が私は得意なの!」


 その瞬間、サラに関する記憶が脳内に溢れ出す。







『どうせアンタはこれもできないでしょ?』


『うるせーな!五属性同時発動ってなんだよ!俺は三属性が限界、ってかこれでも今まで驚かれてきたんだよ!』


『そりゃアンタが今まで会ってきたヤツのレベルが低いだけね』


『はぁ⁉︎じゃあ俺ができるようになってやるよ!』


『無理に決まってるでしょ、天才のアタシだからこそなせる技よ』


『じゃあわざわざできるか聞いてくるんじゃねー!』


『サラさんって、勇者様に魔法の自慢をしてる時が一番楽しそうですよね』


『俺も一回自慢されたんだけどよ、それより身体鍛えて殴りゃ良いじゃねぇかって返したらしばらく口聞いてくれなくなったし、魔法の話もされなくなったわ』


『それはベリオルさんが悪いですよ、サラさんは魔法が大好きなんですから』


『そもそも魔法ってのは一朝一夕で──』






 サラ・モンタラフ、かつての勇者の仲間の一人であった彼女は、魔法に並々ならぬ熱情を注ぐ魔法オタクだった。

 その才能は誰もが認めるところであり、その力によって何度窮地を救われてきたか数えきれない。


 旅の途中には独自の魔法をいくつも編み出し、それらを実戦で試しては洗練する、といったことを繰り返してきた。

 また彼女は自らの魔法や理論を書に記していたのだが、それは現代においても非常に価値のあるものとされている。

 サラの魔術書のおかげで魔法学は100年進んだ、とまで言われているほどだ。


 そんな頼れる天才魔法使いであり、今も魔法を極めんとする者達の間では目指すべき境地であると共に、全魔法使いの憧れとして認識されている。


 しかしその実、性格は問題だらけであった。


 誰もが天才と認める彼女だが、一番彼女の才能を評価していたのは他でもないサラ自身である。


 彼女を一言で表すのなら『傲慢の擬人化』であり、魔法に関しては仲間、というよりもエリオンに対して非常に高圧的だった。

 そのくせ彼女の実力は認めざるを得なかったのだから、エリオンにとっては非常にタチが悪かったのだ。


 サラと共に旅をするようになってから新たにベリオルが仲間に加わるまでの期間、エリオンは常に彼女の自慢にも近い魔法の話を延々と聞かされていた。


 ジノはそれらを思いだしてげんなりとする一方で、あれだけ簡単に座学問題が解けたのは、耳にたこができる程に自慢話を聞かされてきたからだろう、と思うことにした。

 

「にしても、サラの魔法もそんな有名になってたんだな」


「そうだよ!暇だったらもっとサラ様の話をしよっか?」 


「いや、大丈夫。アイツのことは俺が一番わかる」


「絶対私の方が詳しいよ!そうだ、ならどっちの方が詳しいか勝負して──」


「待ってくれ」


 そう言って立ち上がったジノの表情は、一瞬にして険しいものになる。

 馬車が向かう先より放たれる魔物の気配、それをいち早く感じとったのであった。

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