第4話 初戦闘
「急にどうしたの?」
ジノの変化を感じ取ったアリシアはそう尋ねた。
「この先に魔物がいる」
「え?」
「いますぐ馬車を止めるべきだ」
このままでは魔物と正面から鉢合わせする、それだけは避けなければならない。
ジノは急いで御者の元へ向かった。
「馬車を止めてくれ!魔物が道の先にいる!」
御者は側に来るなりそう叫んだジノに顔を顰める。
「バカ言うんじゃねぇ、ここに魔物が出るわけがねぇだろ?」
「そうは言ってもいるものはいるんだ!!」
御者はジノの言葉に聞く耳を持とうとしやちが、それも無理もないことである。
今通っている道は、魔王が倒されてすぐに再整備された主要街道の一つ。
かつては移動の際は常に警備をつけなければならなかったが、現在に至るまでに周辺の脅威はあらかた排除され、今では誰もが安全に使える道の一つとして知られているのだ。
実際にここ十年で魔物の被害は一つもない。
ここで魔物と遭遇することはない、誰もがそう思い込んでしまっている。
しかし、実際にはジノの言う通り魔物がそこにいた。
「グルォォォッッ!!」
緑色の巨大なトカゲ、リザードマンと呼ばれる魔物である。
「なっ、本当に魔物が現れた⁉︎」
その唸り声と強く地面を踏み鳴らした際に生じた地響きで、馬車の乗客達も異変に気がついた。
「ま、魔物だぁっ!!」
「逃げろ、殺される!」
「くそっ、だから言っただろ!」
先にも言ったように護衛はつけておらず、ここは街道のど真ん中、助けもすぐには期待できない。
周囲がパニックに陥る中、ジノは村の人たちに渡された剣を抜き、リザードマンの前へと足をすすめる。
「ど、どうするつもりだ!」
「決まってんだろ、アイツを倒す。アンタは他の人が馬車から出ないように指示しろ、魔物が一体とは限らないからな!」
「倒すって……何言って、っておい!」
当然だが並の人では魔物相手に歯が立たない。
この馬車にいる乗客の大半は勇者学院の入学希望者だが、結局のところ実戦経験など皆無のただの子ども。
こうして実際に魔物と遭遇すれば腰を抜かすか、あるいは逃げ出すことしかできない。
故にジノがやろうとしていることは、周りからしてみればただの自殺行為にしか見えないのだ。
「今の俺がどこまでやれるか、だな」
相対したことでリザードマンと戦った記憶が蘇る。
15歳の当時、つまりエリオンが今のジノと同じ歳の時には、リザードマンなど歯牙にも掛けない相手になっていたはずだ。
だが今の自分の実力がどれほどのものかはまだわからない。
リザードマンとの遭遇は、ある意味でそれを推し量るちょうど良い機会だった。
「ガァァァッッッ!!」
振り下ろされる剛腕を難なくかわし、懐に入って一閃。
記憶の中の自分はこれだけで真っ二つにしていた、だがジノの一撃は鋼鉄のような皮膚の表面に浅い傷をつけた程度に終わった。
「なるほど、ね」
一度軽やかにステップを踏んで距離をとり、それからまた攻撃を躱してから反撃を繰り出す。
そんな一連の流れを何度か繰り返したのだが、どれも両断には程遠く、血を流させることすらできていない。
これが現在のジノの実力。
かつての勇者エリオンは12歳で旅に出て以降、いつ死ぬかわからない日々の中、数多の死線を潜り抜け、数え切れないほどの勝利を重ねてきた。
対してジノは衣食住が常に確保され、安心して眠りにつけるような環境で育ってきた。
同じ15歳であったとしても、そんな二人のレベルに大きな差が生まれるのは当然である。
「勇者って凄いんだな」
今のジノではエリオンには遠く及ばない。
しかし肉体が変わり筋力や魔力が大きく劣ろうと、100年のブランクがあろうと、勇者は勇者。
その天才的な戦闘センスは健在で、リザードマンの猛攻を一度も受けることなく優位に戦いを進める。
ただ一つ、決定力だけが不足していた。
「うーん、どうにも倒しきれないな」
現時点でジノがやられる気配はない。
だがどうしても疲労は蓄積してしまう、そうなれば思いがけない一撃を喰らう可能性もないとはいえない。
それに他に魔物が潜んでいるかもしれない、早めに決着をつけたいというのが正直な感想。
とはいえ良い手もすぐには思いつかずどうしたものかと迷っていると、背後から飛んできた火球がリザードマンの顔を焼き尽くす。
「ジノくん、大丈夫⁉︎」
そう言って加勢に来たのはアリシアだった。
「アリシア⁉︎なんで来たんだ!」
「ジノくん一人に任せることなんてできないよ!」
「……下がってろよ、怖いんだろ?」
魔物を実際に目撃するのはアリシアも初めて。
ジノ一人に戦わせるわけにはいかないと威勢よく飛び出したはいいが、魔物を前にしてその足は震えていた。
「怖いよ、けど!」
それでもアリシアは勇気を振り絞り、決意を表すかのように矢を一本構えた。
「私は戦う!憧れのサラ様に追いつくためなら、こんなところで怯えてられない!」
彼女の決意を目の当たりにして、ジノは微かに笑みを浮かべた。
少なくとも今は余裕ぶってる場合ではなく、援護があるに越したことはない。
「わかった、二人であいつを倒そう」
「うん!」
「俺が注意を引きつけるから、その間にアイツを怯ませることができるか?」
「わかった、やってみる」
「よし、頼む!」
手早く作戦会議を済ませ、ジノはリザードマンに向かって走る。
硬い外皮ごと斬ることは今のジノにはできないため、攻撃を捨てて回避に集中し、とにかく注意を引きつける。
ジノの誘いに乗ってリザードマンは剛腕を振り回す、その間にアリシアは弓を引き絞って狙いを定める。
とはいえただ射つだけでは硬い皮膚に弾き返されて終わるだけになる、狙うは確実に矢が刺さる眼球だ。
アリシアの狙いを察知したジノも上手に誘導する。
「今!」
好機を逃すことなく放たれた矢は空を切り、リザードマンの左目を貫いた。
「ギャアァァァッッッ!!」
痛みに悶え、大気を震わすほどの叫び声を上げるリザードマン。
アリシアは思わず鳥肌が立って足が竦んだが、ジノはその隙を逃さなかった。
「口を開けたな!いくら外が硬くても、口の中はそうはいかねーだろ!」
突き刺した剣は口内を貫通し、一撃でリザードマンの息の根を止めた。
「倒したの……?」
「ああ、アリシアのおかげでな」
仰向けに倒れたリザードマンはもう動かない。
ジノは剣に着いた血を丁寧に拭き取ると、馬車に戻っていく。
「ちょ、ちょっと⁉︎何でそんなあっさりとしてるの⁉︎」
「倒せたんだし早く戻らねーとまた魔物に会うかもだぞ?」
「いや、それはそうだけど……」
馬車に戻ったジノはすぐに出発するかと思ったが、実際はそうではなかった。
通常兵士が数人がかりで倒すリザードマンを子ども二人で倒したのだ、騒ぎになるのは当然である。
その後騒然としながらも馬車は走り出したのだが、ジノの実力を目の当たりにして合格を諦めた入学希望者達が、途中で次々と降りて行ってしまった。
そして王都についた時、馬車に乗っていた入学希望者はジノとアリシアの二人だけとなっていた。
「いやー、やっと着いたな」
「ジノくん、全然緊張してないんだね。でもあれだけ強かったら合格も確実だし、当然かぁ」
「それより勇者学院ってのはどれが──」
ジノは勇者学院がどこにいるのかと、その場に立ってくるくると辺りを見回している。
すると王都でも一番大きい建物、王城が視界に入った。
100年前にも訪れたことのある城だ。
★
『本当に、其方が?』
『はい。私が村の魔物を倒しました』
『そうか、ならば良い。すでに事態は一刻を争う。お主には勇者の称号を与えよう、今すぐ魔王の討伐に向かってもらいたい。さすれば家族の王都での生活を保障しよう』
『わかりました。母や妹の面倒を見てくださるというのなら、喜んで参りましょう』
★
そう、エリオンは家族の生活を引き合いに出されたからこそ、勇者として戦うことを喜んで引き受けた。
その結果却って家族を泣かせることになるのだが、当時12歳の少年はそれでも世界の命運を背負う決意をしたのだ。
「約束は守れなくても世界は守れた……か」
「どうかしたの?」
思い出に耽っていたジノは、アリシアに声をかけられて我に返る。
「いや、城はデカいなって思っただけだ。それより疲れたし今日は寝よーぜ」
「うん、じゃあ一緒の宿に行こうよ!」
「ああ、場所は任せるな」
リザードマンとの戦闘というハプニングはあったものの、無事に王都に着いたジノとアリシア。
運命の入学試験は数日後に迫っていた。
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