第831話 創作への考え方

スー  スー

とパッドの上をペンが擦る音だけが部屋を満たす。

否、後は美空の集中か。


いつもはかけない、ブルーライトカットの眼鏡が鼻の頂点からズレることも知らず、美空は一点を見つめる。

推しを間近でガン見するなんて阿呆な性癖を発揮しているわけではない。


「いや、いや、強ち間違ってない?」

そんな気がしてしまった。




固まった肩を少し動かすと共に壁に掛けた時計を見やる。

深夜一時。もう遅い。今日はこのへんだろう。



今の進捗を保存だけし、タブレットの電源を落とす。


タブレットに眠ったのは、美しい色彩がなされた『雪』だった。




******


「こ、これっ!!」

「・・・雪ちゃん?」

「そ、そうです!勝手に原画に色づけをしてしまいました!!」

寧々さんはじっと美空のタブレットを見つめた。

いつになく、非常にいつになく真剣な目つきでタブレットの絵を睨む。


「ご、ごめんなさい!わざわざ白黒で投稿されていたんだから、きっと意味があって・・・」

それを察していながらもどうしてスクショする手は止まらなかったのだろうか、当時の自分に聞いてやりたい。

「良い色」

「こ、これってもしかして犯罪!?ど、私どうし・・・え?」

「この、影の色、どうして鮮やかな色にしたの?」


「す、すみませ――

「怒ってるんじゃないの。本当に気になるの」

「えっと・・・『雪』ちゃん、薄情な自己愛、ですよね」

「うんうん」

寧々は真剣に美空の辿々しい説明を聞いた。

美空の注文したドリンクには結露が張り、既に美味しいそれではない。


「薄情って聞いて、やっぱり白黒の派生の色で纏めた方がいいかなって最初は思ったんですけど、でも、寧々さんが自分をモノクロの価値のない人間だって思わないようにって・・・。えっと、だからつまりー、・・・」

「モノクロってね、色あせるんだ」

「え?」

寧々さんはタブレットの画像をスマホで写メりながら突然語った。


「モノクロって、色あせないって言わない?」

「た、確かに・・・何だか色あせてもモノクロだから?みたいなイメージが」

「でも、一般的にポスターなんかでは普通の色よりもモノクロの方が色あせが激しいだ」

「えっと・・・」

寧々の語る真意が未だ掴めず、美空は言葉に詰まる。

寧々は柔らかく笑い、雪の影を見つめた。


「実際は酷い色あせがある。でもモノクロは色あせのイメージがない。これってどういうことだと思う?」

そこまで言われて何となく分かった。

「実際は色あせないと思われてるのに、本当は傷ついている」

「そーゆーこと。いいね。この配色」

「そんなに深く考えてはいませんでした」


「まぁ、確かに色あせが一番激しいのは赤系だって言うしね」

「えっ!」

影の色は濃い赤とピンクの間、マゼンタなんかの色合いだ。


「じゃ、じゃあ私なんて失礼な!書き直します!!」

「いいのいいの」

慌ててタッチペンを取り出そうとするのを、寧々さんは止めた。

「だって、どれだけの神作でも、いつかは色あせるんだ。今、素晴らしい漫画が、どれだけ今の時代で崇められても、それはいつか色あせる。それは自然の摂理だよ。『雪』は春には溶けてなくなっちゃう。なくなっていいんだよ。それで、新しい季節が巡るんだからね」

寧々さんはタブレットをそっと抱きしめた。


「やっぱり私、寧々さんとにゃんさんと鈴さんが大好きです」

ドリンクの結露が落ちるのと共にぽろりと零れる。

「私は創作が大好きだよ。創作が伝えられるものは無限にある。面白、感動、勇気、青春、絶望、言い表せない感情も無数に。私はこの中なら言い表せない感情を感じて欲しいかな。泣いて欲しいわけでも、すごいと思って欲しいわけでもない。強烈なインパクトだけ残ってくれたら、私の創作が影響を与えられるからね。創作に出来ることはただインパクトを残すだけだ。もう一度聞いてみたい。中毒じゃない何か。思わず「あぁ・・・」って言ってもらえたら自分の中で100点かな」

寧々さんはにこっと笑った。


「私はその創作に曲を選んだ。世の中には神曲なんてごまんとある。その一つにいつか数えられたらいいね」


どこまでいっても、彼女の根幹はただの憧れだと、美空は気づくことが出来ただろうか。

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