第7話 写実的
こうして、“寧々”もとい“にゃん”はものの見事に身バレすることとなった。
「オタクの愛恐ろしや。声だけで特定されるなんてさすがに予想出来ない」
鈴は帰宅した自室の椅子で笑った。
作曲家として活動する『にゃん』がバイトもしている理由は、身の回りに妥協したくなかったからだ。
この椅子や部屋もその一つ。
作業中ずっと座る椅子に、手を抜いてはいられないと、しっかりした椅子を買ったため金が吹っ飛び、東京だからとセキュリティーのしっかりした広い部屋に住もうと思ったら家賃が馬鹿に出来ない額だった。
コンカフェ嬢は本職にするには稼ぎの少ない仕事だ。
しかし、人気なメイドになれば給料も増えるしコンカフェ嬢一本で生きる人も少なくはない。
「鈴」が「寧々」になった理由はまさにその逆だが、単に見た目を生かせて副業にしては稼げて、かつ一番身バレの対象からは縁遠いバイトにしようと選んだのがコンカフェ嬢だった。
欲望の塊を全て叶えてくれると踏んでいたのに、とんだ泥船に入ったものだと気づくに、そう時間はかからなかったが。
それが、初見指名でやってきてドリンクまで注文するような少し変わった女子高生に身バレするなんて、さすがに予想外もいいところだ。
(けど、素敵だって言われて、嫌な気はしなかったな)
勿論身バレを避けるためにこの仕事についたのだから、『にゃん』として愛を伝えて貰うつもりなんて微塵もなかった。
しかし、いざ、自らが命を込めて作っている曲で救われた人がいる、その事実を真っ向から伝えてもらうと、凄く心が温かくなった。
(雪にとっての温かさは太陽。私は私にとっての太陽を求め続けていた。その答えがこれなのかな)
鈴は途端にPCのメモに文章を打ち込んだ。
次の曲のテーマが今決まった。
『太陽』
「太陽は写実的が一番冷たい」
ラフ画に添える言葉も流れで思いつく。
写実的とは、そのもののありのままを描くこと。リアリスティックとも言える。
太陽は本物が一番冷たい。
私にとって、私の太陽はホンモノよりずっと温かい。
そんな曲にしよう。
「ボーカルは、そう。いつもはリンちゃん一択だけど、今回はミクちゃん。鈴は太陽じゃない。鈴にとっての太陽が、この歌を歌うべき」
偶然か必然か、鈴にとっての太陽は美空だった。
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「『太陽』 写実的が一番冷たい・・・・・深い。深すぎる」
私は新たにTwitterに投稿された『にゃん』の添え言葉に首を傾げた。
“写実的”の意味をネットで検索すると、リアリスティック、と出てくる。
リアルな太陽が一番冷たい・・・?やはり歌詞を聴かない限り分からないか。
しかし、投稿をスクロールしたところで、息を呑む。
銀髪の少女と黒髪ボブの少女が向き合っている。
黒髪ボブの少女が、銀髪少女に必死で何かを訴える絵。
「寧々さん・・・・・!」
また泣きそうになる自身の目をゴシゴシと擦ると、私は一周しきってしまった『にゃん』再生リストを三十九度目のシャッフル再生にかけた。
――――――――――
実は一番始めに二人の本名を決めた時、ミクリンになったのは偶然だったりします。
『にゃん』にボカロP要素を付けようと思ったのも、彼女の歌を歌う人がよく考えたらいなかったからで、それをほぼ毎回リンちゃんが歌っているというのも、今決めました。
計画性の無さ、ここに現る。
ここで切ろうかというのは悩みましたが、これ以上つけてもこじれるだけかなというところで、短編ながらこれにて完結とすることにしました。
多分そのうち番外編とかは出ます。
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