第6話 ありがとう

これ以上は店に迷惑がかかるからと、寧々さんは私を連れて通りの路地に入ってくれた。


「どうして分かったの?どこかで特定されるような投稿あったかな」

寧々さんは、さっきまでより落ちたトーンで問うた。


「い、いえ!決して特定しようなんて!その、『雪』を歌われた動画の声が、寧々さんに似ていたなって思って、動画見返していると指も細くて白かったし、太陽の言い回しとか・・・・」


慌てて弁明するが、寧々さんの目にはもう疑いが乗っていた。

確かに、アーティスト始めインフルエンサーの個人情報を特定しようとするファンは多い。

特定まで行かずとも、知りたいと思っているファンは多いだろう。


『にゃん』の場合、顔出し及び年齢や歌声での判別を除けば、性別すらも元は公開していない。

加えて、コンカフェでバイトをしていたとなれば、隠すのなんて当たり前だ。



「ご、ごめんなさい・・・私、何も考えずに、勝手に自分のことだけ・・・・」

「ううん。良いんだよ。美空ちゃんは」

しかし、寧々さんは首を横に振った。



「別に、バレてどうこうなることもないしね」

「正直なところ」と付け加えると、寧々さんは、私に、自身のこれら情報を流通させていないかの確認をした。


それらはまったくしていないので、私も正直に答える。


「そっか。ごめんね。怖がらせちゃったかな。私もテンパってね。身バレしたことなくて。私のこと気づいていて気使わせちゃったね」

寧々さんは緩く笑った。



その笑顔が、私の心にミシッと痛みを走らせる。


「本当です!私、三年前から『にゃん』さんの曲聞き続けてて!Twitterのラフ画も大好きで、言葉選びとか音の雰囲気とか、とにかく大好きで救われて!!」

「・・・・・大丈夫だよ」

温かく、そして深い声だった。


寧々さんの手は涙が溢れる私の目元へ伸び、それらを拭った。

「私も、ありがとうって言ったのは本心だよ。ありがとう。直接伝えて貰うことがこんなに嬉しいって私も知らなかった」

「寧々さん・・・・・」


「あと、私、寧々でもにゃんでもなくて本名はりんだから」

「・・・・・・・・・・・え?」

“涙が引っ込む”を初体験した。


私が呆然と寧々さんを見つめると、彼女はにやっと歯を見せて笑った。

「今日はもう遅いから帰ってね。またいつでもおいで」

「寧々!何してんの!」

「あはーい」

店内からメイドさんの怒号が飛び、寧々さんは緩い返事を返すとヒラヒラと手を振って行ってしまった。


その背後に、私は声の限り叫ぶ。


「『雨』、神作でした!!ラフ画も超可愛かったです!!」

「ありがとう~」


自らもう一度涙を拭う私の手には、いつの間にか小さな紙が握らされていた。

そこに書かれたことに、私は大きく目を見開くこととなるのだった。

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