第5話 推し=推し?

(き、来てしまった・・・・・)


私は某店のある通りの入り口に立ち尽くしていた。


学校帰り。彼女が出勤しているという、バー形態のタイミングに合わせて来た。


自ら、もう一度行こうと決めたのに、直前になって様々な考えが頭を巡る。


(本気で、また来てなんてきっと言ってないよね・・・。しかもまたこんな時間に・・・。誰か学校に人に会わないかな・・・・)


それらを考慮しても来ようと思ったから人は行動しているはずなのに、どうして直前にはそれらが掘り返されるのだろう。




『しろうさぎ』が店を構えるのは、東京の繁華街だ。

原宿のように女子高生でごった返すような、流行りの街ではない。

どちらかと言えば、“夜の街”、こっちの方が似合うだろう。


(うぅぅ・・・・。そうだよね・・・。夜の街だよ!?ニュースとかでよく見るような怖い大人の人とかいっぱいいる・・・よね?もしかして偏見?いやでも・・・・・)


あの夜、気づいてしまった事実。


(寧々さんが『にゃん』・・・・・。それが本当だとしたら、私ってどうすれば・・・)

不安が募るが、本当かどうか確認したい、もう一度あの優しい声を聞きたい、推しに会いたい!!(小声)という思いの方が、それらを上回った。


「よし・・・!」

私、小坂美空は再び、あの天使ウサギへと逢いに行くのだった。





「可愛いウサギさんたちとお酒飲みませんか~?」

「えーなに?コンカフェ?」

「そーでーす」

「おねーさんご奉仕してくれるの?」

「私は対象外でーす」


目当ての店が見えてきた辺りで、そんな笑い声と店前に群がる男性数人が目に入った。

このゆるりとした声は、間違いなく“寧々さん”だ。

また今日もキャッチをしているのか。


からかうのが楽しいのか、男性らは寧々さんを前にニヤニヤと笑っていた。

しかし、彼女の方もそれには慣れているようで、ふんわりとした笑みを浮かべ続けている。


「他どんなのいるの?」

興味を示したようで男性の一人が寧々さんに声をかける。

寧々さんは持っていたボードを彼らに見せる。

私の目線から見える限りでは、店に所属するメイドらの写真が載っている。


それを見た瞬間、男性らは笑った。

「えーブスばっかじゃんw」

一人が嘲笑うように声をあげる。

大きな声だったため、私はビクッと肩を揺らし周囲を歩く人々も、怪訝な視線を向ける。


「ご期待に添えずすみません」

寧々さんはまるで言われることが分かっていたかのようにそう返す。

身内を庇うつもりはないのだろうか?

寧々さんが圧倒的に可愛いのは、傍目の私からでも一目瞭然だ。

それを分かって男性らは、他のメイドさんではなく、寧々さんが接客をしてくれないのかと突っかかっている。


(けど、寧々さんは女性限定・・・・)

「なんだ。お姉さん可愛いから遊んであげようかと思ったのに、白けた」

「行くぞ」とひとりでに話を進めると、男性らは去って行った。


寧々さんは、それらの背中を見送ると、距離が離れたタイミングでほぅっとため息を吐く。

(か、っかかかか可愛い・・・・じゃなくて!)

ふわりと揺れる髪と下に向けられたまつげに思わず心が奪われるが、なんとか阻止する。

(仕事って、大変なんだ・・・・)

今の私には、それしか思えなかった。



「あっ!」

私が呆然と見つめていることに気づいた声が、弾んで飛んでくる。

「こんにちは」

私に向けて、ふわりと浮かべられた笑顔に、私はまた吸い込まれたいった。






「また来てくれたんだね~ありがとう!」

寧々さんは満面の笑みを浮かべる。

空間に花が咲き乱れたと錯覚するのが、ここまで容易なことはないだろう。


しかし、私が浮かれるよりも先に、別の空気がそれら花をしおれれさせた。

(他のメイドさん・・・・・)

寧々さんの背後で、ヒソヒソと冷たい目線が刺さっていた。


「ほんと、あいつがあの客とればもっと店の利益に繋がるのにとか、考えないわけ?」

「せっかく客ゲット出来そうなのに平気で逃すとか信じらんない」


寧々さんを通過して、私にまで聞こえる声量だった。

そのメイドさんらも、指名なしでやってきたお客さんへ付くよう言われ、渋々といった様子で仕事を再開している。


「可愛い美空ちゃん?」

「へぁっ!?」

「えへへ~」

ふいに自身の頬に感触を感じ、飛び上がる。

その反応に、満足気に頷く寧々さんは、それら陰口が何も聞こえていないようだった。


「お席ご案内してもいいですか?」

目をぱちくりとさせる私に、顔を覗き込むようにしながら問う寧々さんに、私はまた一つの違和感を感じながら何度も頷いた。





「あのっ!今日は寧々さんにドリンクというものを注文したくて!」

「ん?」

席につくなりそう言い張る私に、寧々さんはゆっくりと首を傾げた。


「あ、えっと、その、シャンパンの代わり・・・??というか・・・」



初めてここに来た日から、コンカフェについて色々調べてしまった。

そこで、指名したメイドさんにはシャンパンを開けることが、メイドさんへの貢ぐ意味があることを知っていた。

とはいえ、未成年の私にシャンパンは注文出来ない。

なので、ソフトドリンクで代用したい。


とここまでを含みたかったつもりが、結論だけを言ってしまい、寧々さんを混乱させてしまった。


「い、入れてくれるの・・・?」

しかし、寧々さんはどこか心配そうに私を覗き込んできた。

「え?」

「もし気を使わせてたならごめんね。けど私、この前そのつもりでお金持ったわけでも、また来てねって言ったのでもないからね。大丈夫だよ?」

こっちが気を使われたようだ。


「だ、大丈夫なんです!私、色々調べて!メイドさんにはドリンクを注文するって知って!次行くときはそうしようって自分で決めたんです!」

慌てて誤解を解こうとする。

が、寧々さんの表情に変わりはない。


「それに、ドリンクって勿論値段が発生するんだ。それも、コンビニで買うような値段じゃなくて、もっと高い価格帯になるし、その、えっと、こ、高校生が入れるには、高い?し、うんえっと・・・・」

段々と寧々さんも語尾を濁らせていった。

それすらも可愛い。


が、私は胸を張ってはっきり答えた。

「大丈夫です!私、実家がお金だけはあるので!」

「そういう問題じゃないというか・・・・・・」

寧々さんの小さな弁明も耳に届かず、私は近くにいた店員さんにドリンクを二杯注文した。



-------


「寧々さんはおいくつなんですか?」

寧々さんが私のドリンク注文を諦めたところで、ようやく場は落ち着いた。

珍しく椅子の背に体を預け、ふぅっと一息ついている。


「ん?雪ウサギのごちゃいだよ~」

「うっ!・・・・」

何故か赤ちゃん口調で返され、私は顔を背ける。

(か、可愛い、どうしよう可愛い・・・・!)

「ていうのは建前で、21だよ」

「え?」


私は突然の告白に顔を戻す。

コンカフェは雰囲気やテーマ作りを凄く大事にする場所。

店員さんに年齢を聞くなんて御法度だと、私もまた後から知ることになるのだが、設定年齢ではなく本当の年齢を言うなんて、そんな軽いものなのか?


「そ、そういうのって秘密にしておかないといけないんじゃ・・・コンセプトを守るって言うか・・・」

自分から聞いた癖に、急に引き気味になって言うと、寧々さんはぼーっと私を見つめた後、頬を膨らませた。


「うん。大事だし守る気もあるけど、だって、私のどこを見ても雪ウサギには見えないしね」

「そ、それを言ったら終わりな気が・・・・」


私のむなしいぼやきに、寧々さんは「あははっ」と少し吹き出しながら笑った。

「え・・・・」

いつも口に手をあてて微笑む、上品な笑顔しか見られなかったのに、この良い意味で女の子らしい笑顔は、また違った魅力があった。


けれど、この笑顔の裏には、さっきのような沢山の苦労が募っているのだと、不意に考えてしまった。

ただただ、メイドとして笑顔を浮かべてくれる寧々さんが可愛い、優しい、それだけでもう一度逢いに来ていた私が突然無神経に思える。


それなのに、高校生で突然やってきてドリンクなんか頼んじゃって、お店に押しかける私に、寧々さんは可愛らしい笑顔を見せてくれる。

そんな寧々さんを、私は推し『にゃん』と切り離して、好きになった。



「素敵」

「え?」

私は呆然と、無意識に呟いていた。

「寧々さん!凄く素敵です!!」

「え??」

私の告白に、寧々さんは目をぱちくりと見開いた。




「ほ、本当にいいの?私、前にも言ったけど高校生にお金を払わせるなんて

「大丈夫です!払わせて下さい!推させて下さい!」

「え?」

私の寧々さんへの推し度は来店二回目で既に最高潮となっていた。


沼とは、まさにこのことだ。

私にはとうの昔に、オタク気質は芽生えていた。

推しが二人(いや一人のまま?)になったというだけ。


私の実家にお金があるという話は本当。

家に親は大抵いないが、使えるお金は置いていてくれる。

寧々さんが心配する必要は、本当にない。


「---円になります」

男性店員の会計に応じていると、寧々さんは隣で項垂れている。


「寧々、店長が」

別のメイドさんが、寧々さんに小声で話しかけた。

「あ、はい」

寧々さんはすぐにシャッと背を正す。

何かお店の大事な話のように見えたので、私は小声で寧々さんに話しかける。


「えっと、その、また来ても、いいですか・・・?」

「うん。だけど、無理しないでね。私はいつでも暇だから」

まだ心配されているようだ。


私は、ずっと喉に抑えられていた言葉を発しようか悩む。

しかし、いつもより眉尻を下げて笑う寧々さんの笑顔を見て、私は口を開いた。

「私!寧々さんのこと、素敵な方だと思いました!!私の名前のこと、良い名前だって言ってくれたの嬉しかったです!!」

「・・・・・!」

思ったより出た自身の大声に、ふと我に返った。

「あ、あの、だからえっと、・・・

「ありがとう」

「え・・・?」

寧々さんはいつも柔らかい声だ。

しかし、この時の声はまるであの歌声のように、細くて温かい、何かに語りかけるような声だった。


「太陽は心を温めてくれない。でも、太陽よりも温かい存在が、地球上どこかにはいるよね。ありがとう」

その言い回しを、私は毎日聞いていた。

雪を溶かす太陽と、心を温める存在の歌。

雪が薄情な自己愛だと語ったあの歌には、その真意があったのだ。


そして今日また気づいた、寧々さんが私の一推しだと言えるワケ。



「私、あの歌が一番好きです」

自然と言葉は出ていた。

「歌?」

とぼける寧々さんに、私は正面から目を合わせた。

「ほっぺを触ってくれた指、硬かったです」

「っ!?」

そう、それはギターを弾く人に現れる特有の性質。

弦を押さえ続けるから、指の皮が固くなるのだと一時期ギターに興味を持った時に調べたから知っている。


「私の人生を救ってくれた、『雪』の作者さん、ですよね?」

出会えた事実に零れる水滴か、言いたかったことが言えたことによる水滴か、それはもう分からない。


けれど、その時にはもう、私の言葉は紡がれていた。

「私、ずっとお礼を言いたかったです」

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