第4話 推し作曲家だった

「どうしよう・・・・」

私は自室のベッドに突っ伏していた。


人生で初めてコンカフェに入った。

その事実が、後からより一層自分を恥じらいで包んだ。


「女子高生がこ、コン、コンカフェ・・・・。しかも指名して・・・。やばい、やばいやばいやばすぎる」

ベッドで数瞬のたうち回ると、私はTwitterを開く。


「あ、更新されてる!」

大急ぎで投稿をタップする。

これだけで全ての不安は取り除かれた。


『バイト終わり。今日中には新曲上がりそうです』

いわゆる推し。



口調に似合わない、可愛い子猫のアイコンの主は、作曲家。

作詞家、ボカロP、歌手、YouTuber、そうとも表現出来るアーティストだ。

YouTubeを主体に三年前から活動していて、私は当時から彼女を知っている。

いわゆる古参だ。


「この字面だけで幸せ・・・・。新曲楽しみすぎる・・・!」

オタクになんてなったことはなかったのに、この作曲家を見つけてからというもの、毎日が虜だ。



ちょうど三年前。

当時病んでいた私は、YouTubeで曲を聴き漁っていた時に出会った作曲家だ。

名前は『にゃん』

アイコンと同じく、可愛い名前。

当時は、歌詞なしの曲だけを投稿している本当の作曲家だった。

一つのテーマを曲事に定め、それについて曲を作る、というスタンスのアーティスト。

そのコンセプトは今も変わっていない。


春、愛、青春、同性愛、不登校、天使といった空想的なテーマまである。


テーマに沿って、Twitterにはそのテーマでイメージしたキャラクターも投稿されている。

作曲家自らが描いたものだそうで、決してプロのような鮮やかな色彩がされているのではなく、いわゆるラフ画のようなタッチで白黒。

そのラフ画が、私は大好きだった。


曲、ラフ画のキャラクターの両方で私が一番好きなのは、『雪』だ。

この曲は、初めて歌詞の入った「歌」として投稿された曲で、繊細な音とあまりに言葉選びの美しい歌詞が魅力的。


懐かしさから、スクショを溜めたアルバムアプリを遡り、『雪』ちゃんを探す。

私は、その投稿を見つけて息を呑んだ。

「これ・・・寧々さん・・・?」

そのキャラクターはあのコンカフェ嬢によく似ていた。


長い髪と白黒のせいで主観的に際立つ肌の白さ。

ただ表情の乏しさだけが、寧々さんとは異なっていた。


『雪ちゃん。薄情な自己愛少女』


投稿に添えられた文章はこの一つ。

薄情な自己愛、深い言葉だということは分かるが、こう呼ばれる真理はまったく分からない。

これこそ、作者だけの主観というものだろう。


絵の少女は、地面にだらりと座り込んで自らを抱くように両手を背中に回している。

自己愛とはこういうことなのか。



と、ピコンと投稿が更新された音がスマホから届いた。

慌ててTwitterまで戻ると、そこには新しいラフ画が届いていた。



大きな傘を差し、こちらを睨む少女の絵。


『雨ちゃん。天気シリーズ完結。主観的な悲劇のヒロイン』

ラフ画の投稿はいつも、曲が投稿される少し前にTwitterにあげられる。


つまり、新曲のテーマは“雨”ということ。

今まで、晴れ、雪、雷、雲というテーマは投稿されてきた。

残った雨の投稿をずっと待っていたが、ようやく天気シリーズが揃うようだ。


「楽しみ~~!!早く投稿されないかな~!」

希望を持ちながらYouTubeにとぶと、投稿の下部の全てに赤いゲージが通っている。


『にゃん』はいつも曲の投稿を早朝にする。

深夜に告知し、次の早朝五時くらいに投稿。

もっと多くの人に見て貰いたいなら、朝方や夕刻に投稿すればいいのに、と思ってしまうが、この投稿スタイルも三年前から変化はない。



が、『にゃん』の曲は界隈では知っている人も多い。

チャンネル登録者数という一つの指標でみれば、6万人と超人気アーティストと呼ぶレベルではない。

しかし、全ての投稿に安定した再生回数がつく。

それほど、投稿の全てが良いものということ。



私がこの作曲家に魅了された点はただ一つ。

美しすぎる音だ。

YouTubeにはきっと一生掛けても聞けないほどに曲なんて溢れているだろう。

しかし、それらと同じ次元を流れているとは思えない音が、あの動画からは流れる。

心に雪が舞い落ち、温かい太陽が差し、今まで他人事だった愛が流れ込んでくる。


その音を初めて聞いた瞬間、それまで考えていたことの全てが吹き飛んだ。

風穴が空いたというのだろうか?それほど、瞬間的で衝撃的なものだった。


それ以降、チャンネル登録、アーティスト垢と日常垢の両方のTwitterを即フォロー。

毎日投稿を追い、曲は聴き続けていた。




そうだ。こんな複雑な気分の時は彼女の曲だ。

YouTubeを開き直し、再生リストをシャッフル再生にする。


「雪が溶けた 心が温まった 

 そこに熱という熱さはある?

 熱は雪を溶かし手を温める

 心を温めることは太陽には出来ない神業

 雪はただの熱に勝手に溶かされる それはまるで自己愛」


イヤホンに流れる声に、私ははっと目を見開いた。

パソコンの画面に映るのは、白く細い手がギターを弾く動画。

『にゃん』がこれまでの活動人生で唯一投稿した、本人の歌ってみた動画だ。


曲名は『雪』

私の一番好きな曲。勿論この歌ってみた動画も大好きだった。



しかし、今、この瞬間に見たことで、一気に攻略不可だった極小ジクソーパズルがはまる。


深夜に終わるというバイト。

キャラクター『雪』に描かれた長髪に白い肌。

何より、本人の弾き語り動画。白く細い手が映る動画。

逆に言えば、手しか映らず、本人の細いが温かい歌声が聞こえるだけ。



しかし、オタクにはそれで十分だった。



「これ、寧々さんだ・・・・・」

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