第3話 麺が伸びる

「お疲れ様でーす」

「お疲れ」


最後の客が帰った。

メイド達のお給仕はこれにて終了だ。


「寧々、あの高校生の代金持ったの?」

「はい」

スタッフルームで着替えていると、先輩メイドが話しかけてくる。

代金を持つとは、その金額をこちらが負担したということ。


「変わってるねー。散歩で女子高生捕まえてくるのはクレイジーすぎる」

「あははっ。ですねー」

散歩はキャッチのこと。

女性客しか取らない寧々は、基本仕事がない。

そのため、常にキャッチに使われているが、そこで捕まえる客もほとんどが男性客。


加えて、バーのタイミングで初見で来る女子高生は今までいなかっただろう。


「どうやって声かけたの」

気になるらしい。

実際、寧々のキャッチ成功率はそれなりに高い。


「私は別に。寄っていきますかって声かけたら、私指名出来るかって」

「なんだ。あんたのビジュが良かっただけか」

「そー」

「生意気言うな」と軽く頭にチョップを食らう。


「それにしても、女性客だけで何も言われないのは羨ましいよ。あたしたちだって、好きでおっさん達の接客なんてしてないっつーの」

「ははー。ですよねー」


女性客しか取らないのは、寧々がここでバイトをすると決まってからのことだ。

理由は誰も知らない。

が、取った女性客からはかなり高額を絞るので、あまり文句は言われない。


寧々は着替えるスピードを早めた。


「お疲れ様でーす」

「お疲れー」

先輩にとっとと挨拶をすると、寧々は出口のドアに手をかけた。




「羨ましいよね」

「実際店長に贔屓されてるだけでしょ。顔がいいからって、女なんてコンカフェにこないんだから。いずれ落ちるよ」

「さっきの服見た?よく夜の東京あんな足出して歩けるわ」

ドアを閉めた途端、先ほどのメイドと、別のメイドの声が聞こえてくる。


寧々は鞄からヘッドホンを取り出す。

その上からパーカーのフードを被ると、ポケットに手を入れながら帰路を歩き始めた。




「ねーねーおねーさん。こんな時間に一人?」

こんな時間って、周りにどんだけ人いると思ってんの。

夜の東京はこんなものだ。

少しでも姿のいい女がいれば、すぐに声をかける。


「そーですよー」

寧々はヘッドホンをずらしながら笑った。

我ながらうっすい笑顔だ。


「俺らと飲まない?奢るからさ!」

奢らずに自分と酒が呑めると思っていた神経を疑いたい。

「ごめんなさーい」


視線を逸らしにスマホを取り出す。

が、それをどこかの電話をすると勘違いしたらしい男は、寧々の手首を掴んだ。

「なに?嫌なの?」

寧々は目を薄めた。


男らをちゃんと見れば、客観的に顔のいい何人かがつるんでいるようだ。

あくまで客観的にだ。

寧々の好みではない。

「お兄さんたち、ヤリ目ですよね。私、そういうのいいんで」

途端に男らの表情が険しくなる。

こういう時に、商売に繋げられないのは、女性客限定の自分の面倒なところ。

それ以外の何かしらで解決するしかない。


どうせ男なんて大抵がそっち目的だ。

が、東京も長い寧々にそんな田舎者冗談は分かりきっている。

「いいの?その気なら俺らいくらでも手はあるけど」

「ん?」

面倒くさい言い回しが聞こえたことで、寧々はもう一度顔を上げる。


手首を掴む力が突然強まった。

「った・・・!」

「そんな細い体で、男から逃れようとか無理すぎない?舐めてんの?」

肉も血色もない寧々の体は、常人に比べ遙かに耐久性がない。

平均的な成人男性に腕を掴まれては、為す術もない体なのは事実。


東京もど真ん中でそこまで強行な手を使う連中はいないので困ったことはなかったのだが。

少し危ない状況になった。

「さっ、いこー」

「ちょっ!」


「やめろよ、小さい子に何してんの」

腕を引っ張る男らとは反対側に、肩を強く掴まれ引かれた。

「っ!」

「何だお前」

男らは怪訝に寧々の背後を見る。

「俺が誰とか関係なくね?離してやれよ」

ちらりと肩を掴む主を見ると、金髪のこちらもチャラ男が男らに厳しい視線を向けている。


「めんど。白けたわ。お姉さんまたねー」

邪魔が入ると、こういう男はすぐに手を引く。

寧々はほっと一息つくと同時に、後ろの面倒の解決に回った。


「あ、ありがとうござ

「いいのいいの。俺、そこのホストなんだけど、良かったら寄ってかない?」

「間に合ってます。じゃ」

今度は面倒になる前に歩き出す。


こういう瞬間は、更に女を狙う人間にとって獲物らしい。

迷惑がる女を助けたようにみえて、実はこちらも女を狙っている、という構図。

馬鹿馬鹿しすぎて麺が伸びる。


寧々はフードを深く被り直すと、早足で夜の街を去った。

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