第2話 コンカフェ嬢だった

「あの!私、未成年で・・・・」

「大丈夫だよ~うちはバーでも未成年入れるから」


コンカフェ嬢は私を店内に案内しながら軽く答えた。


【コンカフェの多くは、昼時間帯をカフェ、夜をバーとして経営している。

やることは特別差はないが、夜はバーというだけあって、提供する品は酒が多くなる】


「あぁ、忘れてた」

お姉さんはふと立ち止まると、スカートの裾をすっと持ち上げながら丁寧なお辞儀をした。


「お帰りなさいませ。お嬢様」

「え、えっ!?」

私は突然のことにアタフタする。

「ただの決まり文句だから。気にしなくていいよ~」

お姉さんはまた柔らかく笑うと、私を席に座らせた後、一旦カウンターへ引っ込んだ。




「ひろもど?」

「そですー」

「やっぱ可愛いやつは違うね」

「ははー」

お姉さんと別のスタッフの会話が少し聞こえてくる。

ひろもどが何かは分からないが。



ふと、自分のしたことを我に返った。

未成年、何なら高3。というか女子。

酒も呑めず受験生という年齢。

そんな歳でコンカフェ嬢を指名し、いそいそと店内に?


咄嗟に店内を見回す。

周りは、際どい衣装を身に纏った店員と一対一で酒を呑むおじさんしかいない。

傍から見れば、女性が客として来ること自体違和感なのでは?




小坂こさか美空みく。17歳。高校三年生。

ただ今学校帰り。

今まで店の前を通りだけの存在だったコンカフェに、今日初めて来てしまった。


美空という名前は嫌いだ。

美しい空、まったく私には似合わない字面。


(お姉さん、なんて名前なんだろう)


そこからである。





「改めてこんにちは。今日付かせていただく、寧々と言います。雪の国からやってきた銀ウサギです」

メイド喫茶にしては抑揚の薄い口調でお姉さんは笑った。

しかし、そのいきなり深い世界観な設定に、私は良い反応が出来ない。


同時に、小さな紙を手渡される。

「お嬢様は、このようなお店、来られたことありますか?」

「え?」

私の年齢とたどたどしさを鑑みて、気を使ってくれたのだとすぐに分かる。

咄嗟に首を振ると、寧々さんは頷いた。


「これは、店員の名刺でね。渡されると思うけど、いらなかったら捨ててくれていいからね」

渡された紙に視線を落とすと、それは寧々さんの名刺だった。


店名を模しているような白ウサギが背景に描かれ、寧々、と記された、意外と簡素なものだった。

そんなシンプルさも素敵だった。

しかし、一点だけ、気になる文章が目にとまった。


「お嬢様限定メイドです」


そう記されていた。

お嬢様?ということは女性客限定?

ただでさえイメージの湧かない、コンカフェの女性客を限定して接客するなんて、可能なのだろうか。


知識のないものは仕方がないので、私はそれを丁寧にポケットに仕舞う。



「これはメニューになってます。何になさいますか?」

寧々さんはその流れでメニュー表を渡してくれる。


「今うちは時間帯でバー形態になっていてね。お酒が多いんだけどそれ以外もあるからね」

そう言うとメニューをめくり、ノンアルコールの欄を見せてくれる。

「えっと・・・・・」


メニューには飲み物以外にも沢山のデザートも載っている。

優柔不断な私は、メニューを前に止まってしまった。


「私のおすすめは『銀ウサギのアイスプレート』ですよ~」

「銀ウサギ・・・・。寧々さんの」

「そう!私のモチーフのメニューなんです」


寧々さんはふわりと笑うと、他にもいくつかのメニューを紹介してくれた。

結局、私は寧々さんのアイスプレートとソフトドリンクでカルピスを頼む。


「は~い。では少しお待ち下さいね~」

お姉さんは注文を聞くと、また席を立った。



私は無意識にその後ろ姿を目で追う。

背面を見たことで驚く。

非常に長い銀髪は、まるで天の川を映したような美しさを放っている。

片目が隠れるほど長かった前髪からは結びつかない、とても美しい髪だ。


と、寧々さんはカウンターに戻る途中で振り返った。

「!!?」

私が驚くと、それを見て喜ぶようににっこりと笑った。

「か・・・・かわいい・・・・」

顔をほてらせながら呟く自分に、もう釘を刺す自分すらもいなくなっていた。




「美空ちゃんって言うんだね」

それから、私は寧々さんとずっと話し込んだ。

コンカフェと言うと、何となく色んな店員さんが回ってくるイメージがあるが、しろうさぎはそのスタンスを取っていないそうだ。


指名をくれた限り、そのメイドと時間を過ごして貰うというスタンス。

そのため、寧々さんはまだこんな私の話に付き合ってくれた。


「はい・・・。でも名前は嫌いで」

「どうして?」

寧々さんはまた首を傾げた。

コトンと可愛らしい効果音が鳴りそうなほどに可愛い。


「美空って。えっと漢字が、美しいに空って書くんです」

「そうなんだ~」

「まったく私に似合わなくて、よく名前イジられたりするし」


嫌われることは嫌いだ。

名前が変なのに加え、パッとしない見た目。自慢できるようなこともない。

なるべく相手の気分を逆立てないように笑う癖が出来てから、学校は苦しい。

今日も学校が上手くいかなくて気分が落ち込んでいた。


「そうかな。美しい空だよね?優しくて可愛い美空ちゃんにぴったりだと思うよ」

「え・・・・・・」

顔を上げると、そこにはふんわり笑う天使の笑顔があった。


「名前って一番運のかかったプレゼントだよね。おみくじの吉凶如きじゃない。下手をすると一生苦しむことになるかもしれない。けど、私は美空ちゃんの名前、素敵だと思う」

「えっと・・・・・」

返す言葉が見つからず喉を詰まらせると、寧々さんはクスリと笑った。

「ふふっ。名前と同じ、素敵な女性に、美空ちゃん自身がなったんだよ」

その柔らかい声が、自然と私の涙腺を緩ませた。


お店で、店員さんの前で泣く客なんて、きっとこんなお店では迷惑だ。

しかし、声をあげて泣く私の背を寧々さんはゆっくり撫でてくれた。



「あの、きょ、今日はありがとうございました!」

私は店を出る前、寧々さんに頭を下げる。

突然、初見で指名をして、店では勝手に泣いて、おまけに代金はいいとまで言われてしまった。

財布を出そうとする私の手を止め、「高校生に払わせるほどウサギは腐っていないのだ」とにっこり笑った。


私が勢いよく頭を下げたからか、寧々さんは少し驚くと私の顔を覗き込んだ。

「また来てね」

「えっ・・・・」

「あ、強制は駄目だね。気が向いたら、私はいつでも暇だよ」

私が拒絶したように見えてしまったか、寧々さんは訂正をし直す。


「今日はありがとうございました」

寧々さんは来店時と同じくスカートを持ち上げて丁寧にお辞儀をした。

そして、私を見てにっこり笑う。


私は、生涯でこれほど綺麗な笑顔に今昔出会わないだろう。

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