最終章

8-1

 目を覚ますと自分の体が何かによって包まれていることが分かった。滑らかな触り心地だ。だが、自分の体が汗ばんでいることと視界が緑色になっていることに気付くと外へ出たいと思うようになった。

 体を動かそうにも、重い。

 顔をあげると小さな穴があり光が見えた。外に出たい一心で指をひっかけて無理やり開ける。

 ファスナーの開く音と共に入ってきた強い光が目を強く刺激する。ほんの少しだけうろたえてしまったが薄目にして光へと体を近づけていく。

 外に出る。

 風が心地よかった。青い香りがした。

 見渡す限りの草原、と思ったが三十メートルほど先が崖になっている。前も後ろも右も左もそうだ。いつの間にかどこかの山の平たい頂上にでも連れて来られたのだろうか。

 自分の入っていたものを確認する。

 ただの緑色の布ではない。何かいろいろなものが取り付けられており、大きな服のようでもある。ひっくり返してみた。

 目が合った。

 漫画的に描かれた愉快なウサギの顔。

「これ、グリーンラビットの着ぐるみだ」

 小雀のつぶやく声が聞こえた。

 僕は声の聞こえた方に歩いていく。

 平面的だと思っていた草原は少しばかりうねっている。

 小雀はわずかに谷のようになっている部分でグリーンラビットの着ぐるみを見つめていた。

「大丈夫ですか」

 小雀がこちらに気が付き手を振る。

 僕は走って近づく。転びそうになったが、何とか持ち直した。

「おい、お前。これ見てみろよ」

 僕は小雀が持っているグリーンラビットの顔の中を覗いた。中には紙が貼りつけられていた。

 何か、書かれている。

 山葵運送会社。

 どんなものでもグリーンラビットの中に詰めて迅速にお届けいたします。

 紙の裏にホチキスで止められた配送依頼書があった。外に出ることに必死で気が付かなかったが、おそらく僕の入っていた着ぐるみにもあったのだろう。

「お前こそ大丈夫だったのかよ」

「同じようにグリーンラビットに詰められてここまで運ばれたようです」

「なるほどな。あの山葵運送会社とかいうやつ結局なんだったんだろうな」

 僕はあたりを見回す。

「ここ。靖香区画です」

「は。何が」

「僕たちが目指していた最後の区画。ここが靖香区画ですよ」

 ここまで送り届けてくれたのか。

 僕は歩き、そして少しずつ早歩きになると崖から一メートルくらいのところで立ち止まった。

 小雀が後ろからやってきて僕の横に立つ。目を大きく広げて驚いたような表情をするとすぐに笑顔になった。両手を広げて感嘆のため息をつく。

 青い空に太陽、そして眼下に広がる雲。

 重力を無視して浮く大小様々な島。

 岩だけのようなものが千個ほど。岩の上に土が乗り草木が生えているものが数百個ほど、その中から数十人が乗れそうな大きさのものが半分。もう半分は百人以上は乗れそうである。明らかに人工物らしきものとして、レンガでできた家、風車、橋などがある。

 その中でも特に目を引く浮島が二つある。理由としてはその大きさであり、半径一キロメートルは軽く超えているだろう。

 一つは正面にある。巨大な木が生えている浮島である。樹齢百年ではきかないほどの巨木で生い茂った葉は力強く生命力にあふれていることが分かる。木の足元には川が流れていて、それがそのまま島の外へと落ちていき滝のようになっている。周辺には森ができあがっているが、巨木と比較するとミニチュアのように見えた。

 もう一つは左斜め前にある城が乗っている浮島だ。城は鼠色の外壁に赤い屋根で、そのてっぺんには非常に大きな穴だらけの旗がなびいていた。出入口となる門は黄土色をしており、軽々に中に人を入れないようにするためか重々しい雰囲気をまとっている。先ほどの巨木の生えている浮島の森と比較すると枯れ木も多くあった。

「いい景色だな」

「全くです」

「でも手すりとかねぇから落ちそうでこえぇな」

「気を付けて進みましょう」

「ここって人とか住んでる区画なのか」

「どう思いますか」

「住んでないと思うけど」

「正解です。ここはあくまで東京都が国からの予算の額を増やすために無理やり区画としているところですから」

「妙なことを考えるもんだな。まぁ、とりあえずオーパーツを探そうぜ」

「そうですね。歩いてみましょう」

 その時。

 空からグリーンラビットが降りてきた。

 地面に降りる瞬間に黒い煙を出しながら着ぐるみが脱げて中身が露わになる。

 現れたのは二人。

 羽角教団の教祖。

 そして。

 気を失い地面に倒れこむ仮面をつけた女性。

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