7-4
「おい、大丈夫か。起きろっ。おいっ」
僕はその声で目を覚ました。
地面に寝ていたようだ。
「あ、起きた。良かった」
「すみません。何かご迷惑をかけたようで」
地面は非常に固く冷たい。空からは僕めがけて光が降り注いでいるが基本的には薄暗い。
「ここは、どこですか」
僕は体を起こした。
「ここは、そうだな。たぶんだけどショッピングモールかなんかだと思うぜ」
なるほど。
非常に広い空間で両側には蔦や草木に覆われた洞窟のようなものがいくつも並んでいる。おそらく過去には店が入っていて商品が並んで賑わっていたのだろう。視線を上に向けると別のフロアが見えた。吹き抜けになっているようである。手すりのところにリスが乗っているのが見えた。天井はガラス製のようで何枚かは割れており割れていないガラスにもヒビが入っていたり、何か枝のようなものが乗っている。左右に伸びている通路は先が見えないほど闇に溶け込んでおり全く見えない。
「少しだけ花の香りがしますね」
「花の香りがしますね、じゃねぇんだよバカ。急にどうしちまったのかと思っただろうが」
「僕はどうしていたんですか」
「どうしたもこうしたもねぇよ。お前が急に走りだして、あたしはそれをずっと後ろから追いかけてたんだからな」
全く記憶にない。
「それはすみませんでした」
「まぁ、あたしの方が運動神経あるし、すぐに追いつけたけどな。でもよぉ何度話しかけても全然反応しなかったからマジでビビったぜ。すっころばせたり叩いたり蹴ったりしたけど全然気にしないままだったからロボットみたいだったぜ」
「そんなことがあったんですか」
「とうとうオーパーツ集めのせいで頭がパッカーンしたかと思ったぜ」
「ご迷惑をおかけしました」
「まぁ、いいよ。正直このショッピングモールに入って急に倒れた時の方がびっくりしたからよ。もう夜だからさ。ここらへんで寝るところでも探さねぇとよ」
「外は明るいようですが」
「そう、そうなんだよ。時間的には夜のはずなんだけどよ」
小雀は立ち上がると天井のガラスから差し込む光を指さす。
「たぶんだけど人工太陽とかなんじゃねぇの。ほら、北海道と東北の何県かが、日照時間の関係上人工太陽を採用するとか言ってたじゃん。前にニュースになってただろ、インラ遊園区画の技術を流用した疑惑があるとかなんとか」
「僕は世の中の流れに興味がないので、そういうのは分かりません」
「お前って頭良さそうな空気出すわりには使えねぇよな」
「すみません。でも、ここがショッピングモールということは探せば寝袋や缶詰などもあるのではありませんか」
「そ、お前が起きるのを待って探しに行こうと思ってたんだぜ」
「それは、ありがとうございます。早速行きましょう」
その時だった。
二階から黒板を爪で引っかくような笑い声が聞こえてきたのだ。
「お二人さんは、なんでこんなところに迷い込んでしまったのかな」
二階へ視線を向けると茶色いローブを頭まで被った身長二メートルほどの何者かが手すりに座っていた。顔は影になっていて表情を見ることはできない。手足もローブの中で確認できない。
「すみません。勝手に入ってしまって申し訳ありません」
僕は軽く頭を下げる。
「いやいや、いいよ気にしないで。ここはアジトとして使っているだけで家でもないし。そう、なんて言えばいいのかな。とにかく君たちは謝るようなことは何一つしていないから気にしないでよ。で、どこから来たの」
「僕たちは三ツ星区画から来ました」
「ああ、三ツ星区画ね。聞いたことはあるよ。本当に昔だけど、仕事の関係で三ツ星区画の近くの花街区画に住んでいたことがあるんだ。へぇ、懐かしいなあ」
茶色いローブの誰かは左右に揺れながら笑った。今度は普通の笑い声だった。
「あたしらは、このインラ遊園区画のオーパーツを探して旅をしてるんだ。なぁ、あんた知らねぇか」
「ほう、ここのオーパーツを。ううん、君たちは見つけて何をしたいんだい」
「デッドバーストふれあい祭りっつう意味不明なわけわかんねぇお祭りがあって、それを開催するために必要なんだよ」
「ああ、デッドバーストふれあい祭りね。はいはい。ていうことは、ほかのオーパーツも集めてるんだろう。ちなみに、ここが終わったらどこの区画に行く予定なのかな」
小雀が僕に助けを求めるように目を向ける。
「次は、靖香(やすか)区画の予定です」
「それはそれは、あそこは夏に行くと気持ちがいいよね。そういえば誰かが前も来たなあ。確か君たちくらいの年で男の子だったよ。三ツ星区画出身とか言ってて、ここまで一人で来たとか。うん。大変そうだったから協力してあげてさ。あの子はオーパーツを見つけて帰ったけどね」
「え、あんたどこにあるか知ってんのかよ。じゃあ教えてくれよ。めっちゃ探してるんだって」
「いやあ、あれを見つけるってことは人生がぶっ壊れるってことだしなあ。人間関係の破滅待ったなしになっちゃうからなあ」
「言ってる意味がわかんねぇよ」
「じゃあ、教えてほしいんだけどさ。そのデッドバーストふれあい祭りっていうのは君たちにとってそんなに大事なの」
「まぁ、一応」
「こっちも山葵運送会社を名乗っているからなあ。じゃあ今日は特別に」
山葵運送会社という聞きなれない単語が飛び出す。
茶色いローブが激しく蠢く。
山葵運送会社は二階の手すりに足をかけるとそのまま前に向かって歩き出す。
僕も小雀も驚きのあまり声が出ない。
しかし山葵運送会社は全く意に介さないまま空中を歩き二階の手すりから五メートルほど離れたところで立ち止まって僕と小雀の方を向いた。
「インラ遊園区画は人の思考が抜け落ちやすい場所だ。つまりは忘れやすい。これは時間に関係する感覚が鋭くなりすぎるという問題とリンクしているんだけれども別に気にしなくていい。アンカーヴィコの保存理論から推測できる通り発生条件自体の重要度を見失うと人は往々にして生じる利益を手に入れにくくなる。結果として間違った手段を取ったとしても、それを正当化できるように自分の中のカルマの釣り合いを求めてしまう。この例外は宗教関係者であるわけだ」
「な、なんの話をしてんだよ、あんた」
「山葵運送会社として森の中に置かれていった思考を見せてあげるってことだよ。ここにいる限りは誰かの落としていった思考を体験できるようになる」
「説明がよくわかんなくて。マジであたしら置いてけぼりなんだけど」
「大丈夫、すぐに分かるよ。オーパーツである増殖する蛙の卵はちゃんとポケットに入れておいてあげるよ。安心してほしいな」
その瞬間。
茶色いローブが脱げる。
床へと落ちて腑抜けた音を立てる。
空中には。
何もない。
「よく見て、よく驚け。そして、よく学べ」
その瞬間、光がすべて消えて身動きできないほどの闇に包まれた。
空中に、淡い光を放つ半透明のナマコのようなものが現れる。
それが一つや二つではない。三つ、四つ、五つ、六つ、いや、十、二十、三十。
二百、五百、千、四千、一万、十万、百万。
いや、それ以上。
赤もあれば黄色もあり緑もあればピンクも紫も藍色も水色も黄緑色もあった。同じ色のものは一切ない。音もたてずにゆっくりと空中を漂っている。お互いがぶつかると上等なクッションのように衝撃を吸収しあってゆっくりと離れていく。
色付きの光が重なりあってショッピングモール内を照らしている。
僕はそれを見つめながら急激な眠気に襲われていた。横を見ると小雀がすでに地面に倒れていた。
瞼が重い。
膝から崩れ落ちる。
「殺されないだけ有難く思え、このクソメスガキ」
山葵運送会社の声がショッピングモール内を響く。
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