第七章

7-1

 あんた、オーパーツを探しに来たそうじゃないですかぁ。

 大変ですねぇ。

「静かにしてくれませんか」

 あら、怒ってる。なんで、そんなに怒ってるんですか。

 あんたの心配をしてあげてるのに、あんまりじゃないですかぁ。

「結構です。どうせただの幻聴なのでしょう」

 あら、気付いてる。もう気付いてらっしゃるんですか。いやぁ、凄い。

「過去、インラ遊園区画に撒かれた薬物によるものなのか、草木から出る花粉の影響なのかは分かりませんがね」

 勘が良いですねぇ。

 まぁ、でも幻聴が聞こえてしまうような精神状態であるあなたにも、問題があると思いますけどね。

「自覚はあります」

 自覚があるなら、インラ遊園区画なんかに来ちゃダメですよぉ。

 よく考えてもみればいい、こんなところ芥の掃きだめですよ。だって何もかも取り残されて草木の中に埋もれてる。

 そりゃあ、絵的にはいいですよ。

 でもね、人間が主人公じゃあないんですよ、ここじゃ。

 すべては時間が主人公。

 人間は補佐でしかないんですからね。何にもなりませんよ。

 頑張ったところで全部取り込まれてしまうし。

 ほら、時間の経過を早く感じてしまう区画だっていう情報を聞いてここに来たんでしょう。あれね、本当は嘘なんですよ。

「では、何なのですか」

 分からないんですよ。

「答えになっていません」

 そう言われましてもねぇ。

 だって時間が早く流れるように感じるって言ったって、どうやって説明するんですか。

 ねぇ、そうでしょう。

 証明しようがないんですよ。

 どれが本当で、どれが嘘なのかとか。

 史実とか、証拠とか、証明とか、絶対条件とか、不可欠とか、超絶クソほど面倒くさいでしょ。大事なことだけ話せばいいし分かればいいわけですよ。

 あんたのお母さんでしたっけ。ほら、どっかの大学で歴史の研究とかしてたんでしょ。このインラ遊園区画の研究もしてたんでしょ。

「知りません」

 そんなお母さんの影響を受けて、あんたも歴史についてこだわりを持つようになったとか。

「別に持っていません」

 意地を張る必要なんてありませんよぉ。いいじゃないですか、お母さんの影響を受けた立派なご子息ってことでぇ。

「バカにしているんでしょう」

 そんなぁ、あんまりですよぉ。

 こっちはあんたのことが心配でしょうがないんですよ。

 だって、あんたのお母さんって元々は自分のお腹を痛めて生んだ子どもなのに愛着が湧かないとかわけわかんないことをほざいて、あんたを放置したんでしょ。で、親戚が引き取って育ててくれたと。

 子どもが邪魔だったんですねぇ。

 まぁ、子どもってうるさいですしねぇ。なんかいろいろとやってあげないとすぐ死んじゃうし、そのくせあいつらって親に感謝とかしないですもんね。愛されるのが当たり前だと思って生きてるから殺したくなりますよ。でも殺すと殺した方が悪いことになっちゃうから。

 だから放棄したわけで。

 それって結構まともなんじゃないですか。だって、そのままの状態が続いたら虐待になっちゃうから少しでも自分から遠ざけて自分の子どもの命を守ろうとしたわけでしょう。それは称賛にあたりますよ。

 拍手、拍手、拍手喝采。

 お母さんに感謝しなくちゃ。

「静かにして下さい」

 いやいや、そっちが静かにしろよ。

 今、あたしが喋ってるからね。あんたの番じゃないからさ。

 えぇと、そうそう。だから感謝しなきゃダメだってことですよ。虐待しないように親子の関係をできる限り希薄なものにして、いつでもぶった切れる状態にしてくれてありがとうって言うべきですよねぇ。

 そのあとがよくなかったですけどね。

 だって、そうでしょう。

 あんたのお母さんって、お母さんをやりたい、とか急に言い出したんでしょう。

 ねぇ。

 お母さんやりたいやりたいよー、お母さんごっこをしたくなっちゃいましたあ、でしょ。

 そういうのがうちの母親じゃなくて、あんたのとこのお母さんで本当にほっとしましたよ。あぁ、よかった。

 そういうハズレの母親じゃなくてよかった。

 うちは母親ガチャに当たってよかったよかった。

 研究がひと段落したら急に人間らしいことやりたくなっちゃったよー、でしょ。研究以外も充実した人生を過ごしたくなっちゃったから、やっぱり全部ほしいから戻ってきておねがーいってことでしょ。

 あんたのところのお母さんってすごいですねぇ。そうやって欲しくなる時まで、どっかに保管しておけばいいやって思ってたんでしょ、あんたのこと。

「そう思っていたのかもしれません」

 かも、じゃないでしょ。絶対そうでしょ。

 ていうか自分でも気づいてるのに、何で分からないフリをしちゃうのかなぁ。

 もしかして、まだまともな親子関係だったって信じたいわけ。

「そうかもしれません」

 あはっ。

 バカじゃん。

 社会の流れが変わったせいで社会人を評価するときの軸が仕事を一所懸命にやるだけじゃなくなりましたからねぇ。仕事以外のオフの時間も順風満帆なのかを周りにアピールしなきゃいけなくなっちゃいましたからねぇ。

 だから、子どもがとりあえず必要になっちゃいましたあ、でしょ。

 あんたが大切なんだそうですよぉ。

 良かったですねえ。

 社会の風向きが変わった程度のことで大事にしてもらえて。

 社会が求めてる完全無敵社会人の超絶最高親子関係って、そういうことですもんね。あんたはそれで幸せですもんね。

 親が、こっちが愛してやってるんだから昔のこととか全部帳消しなのは当たり前でしょって言ってきたら、子どもが素直に、うんって言って何もかも許すのが完璧極上最高級親子関係なんでしょ。

 世界中の人が羨む大正解親子関係じゃないですか。

 すごいすごい、おめでとうございます。

 正解、正解、大正解っ。親子関係大正解人生っ。

 楽しい人生ですねぇ。

 でも、あんたそれを突き放しちゃったんですよね。

 今更、親子とかうざいと思って突き放したそうじゃないですか。母親のことが大好きで、雑に扱われても母親のところに戻りたかったのにプライドを優先しちゃって行けなかったんでしょ。

「はい」

 バカだねぇ。

「いけませんか」

 まぁ、一言で説明するなら。

 立場の弱い人間がプライドの高さで自分を大きく見せようとしていて痛々しい。

 そんなところですかねぇ。

 だって、あんたの人生には母親の成分が欠乏してるんでしょ。いつだって母親をちらつかせれば何度だって戻りたくなっちゃう思考回路のくせに、バカが知恵つけて我慢しちゃったわけじゃん。簡単に仲直りしたら、また簡単に捨てられるかもしれないって考えたんでしょ。

 でも、そのせいであんたのお母さんは、あんたのストーカーになっちゃいましたねぇ。

 あはは。

 高校とか来ちゃったもんねぇ。あぁ、ほら入学式の時に、母親だから参加させてください、とか言って怒鳴り込んできたんですよねぇ。他の新入生も、その新入生の家族も、先生もみんな見てましたから。

 いやぁ、すごかったですね、あれ。

 だって、まともそうな顔してたじゃないですか。あれ、どっからどう見ても普通の人ですよ。コサージュみたいなのつけて、おしとやかな服装で来て、それこそ自分の子どもの晴れ姿を普通に見に来る母親みたいな雰囲気だけはしっかり出してましたからね。

 ちゃんとした親子なんですよー。

 子どものことをずっと愛していたお母さんですよー。

 子どもとちゃんと信頼関係を築けてますよー。

 大丈夫ですよー。

 だってーずっと愛していたしー、愛があれば親子だと思ってた期間が短くても全然大丈夫なんですよー。

 親子って深く繋がりあえるしー、分かり合えちゃうもんですよー。

 離れててもー、自分の子どもの気持ちをよくわかってるー、最高のお母さんをちゃんとやれてますよー。

 ふふっ

 そういう感じめっちゃ出してましたよね。

 不審者として外につまみ出されるときに、あんたの名前を死ぬほど叫んでましたね。

 あれ、めっちゃ笑いました。

 高校生一日目で、ヤバいのが家族にいるって学校中にばれちゃうのはどんな気持ちなんですか。

 ねぇ、どんな気持ち。

「最悪でした。転校しようか悩んだほどです」

 でも、転校しなかったんだねぇ。あんたってしぶといんだね。

「そう思います」

 そういうことがあって、お母さんと会話はしたのかな。

「しませんでした」

 どうして。

「負けのような気がしたからです。今は関わらないようにしようと決めていましたから」

 でも、それって正解だったかなぁ、不正解だったかなぁ。

「不正解だったと思います」

 そうっ、その通り。

 だって、あんたのお母さんはそこからどんどんエスカレートしちゃったんだもんねぇ。

 あんたが通ってた学校の生徒に手当たり次第に、私があの子のお母さんです、とか聞いてもいないのに言って回ったりしちゃったんでしょ。すごいよね。本当にヤバいよね。

 あんた、まだお母さんのこと尊敬してるんでしょ。東京の負の歴史に真摯に向き合って生きていた、そういう姿勢はすごいって思ってるんでしょ。

 肝心の自分の息子とは向き合えなかったくせにね。

 ねぇ、本当は尊敬なんかしてないんでしょ。

 どこか尊敬しておかないと、あれと血が繋がってるっていう事実がキツいんでしょう。

 ほら、今、瞼がピクッてしましたよ。あはは。

 やっぱそうだ。気にしてないふりをしちゃってるんだ。

 あははっ。

 ばれてるから、もうばれてるから、それ。

 あれの息子で生きていくのがエグいから凄いお母さんってことにして自分を騙しちゃってるんだ。あぁ、なるほどなるほど。

「もう、やめて下さい」

 何が。

「もう結構です。十分です」

 いやいや、そういうのはこっちが決めるから。

 それにしてもさぁ、ストーカー期間もめっちゃ長かったよねぇ。一週間とか一ヶ月とかじゃなくて、半年くらい続いたんでしょ。で、あんたが登校するときの姿を遠くから観察してて一日の行動スケジュールとかも作ってたらしいね。

 さすが研究者。根が真面目でキモいよね。

 でも、それがばれて警察に捕まっちゃったんでしょ。そこでも暴れて警察の人に怪我を負わせちゃったらしいじゃないですかぁ。研究者としての才能以外に息子とまともな関係を築けないストーカーゴミクソ女犯罪者としての才能有り余るほど持ってるじゃないですかぁ。

 だから。

 もう二度とあんたに近づけなくなっちゃったから。

 あんたのお母さんって。

 あんたが登校の時に乗る電車の、あんたが乗ってる車両にちゃんと轢き殺してもらえるようにタイミングを計算して踏切に飛び込もうと考えたんでしょ。

 ウケますね。

 無理に決まってるでしょ。

 自分の息子がいつも何時何分の電車に乗るか、何番目の車両にいるのか、どの席に座りがちなのか、そういうのを分かっていたとしてもさぁ。息子が乗ってる車両に狙って飛び込んで轢いてもらうなんて無理無理。

 そう思ってたんでしょ、あんたも。

 凄かったよね。あんたの母親が住んでたマンションにあったノート。

 ちゃんと書かれてたもんね。

 電車がカーブに入って減速したタイミングで、目印を付けた電柱から数え始めて二十八秒で踏切に飛び込めば確率は四割以上にアップ。前もって叫んでおけば、こっちを向いてもらえるかもしれない。

 裏でちゃんと計算してたんだねぇ。

 で、ちょっと教えて欲しいんだけどさ。

 ふふふ。

 電車に飛び込んでくる自分のお母さんの顔とか見えたの。

 ねぇ、教えてよ。

 ねぇ。

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