第六章

6-1

 インラ遊園(ゆうえん)区画。

 戦いのごたごたの中で、アメリカの企業であるインラが買い取った区画である。

 日本国内にありながらアメリカの国土と言われている。

 いくつかの自治組織が活動していたのが八年前で、そこから繰り返された内戦によりインラ遊園区画は東京都の公務員すら踏み込めない場所となった。また、八年経過した現在でも、それは変わらない。

 一個人に与える時間軸の影響とそれに付随する人工物の発生条件の差異。

 詳細な説明は省くが、簡単に言えばインラ遊園区画だけが時間の流れが余りにも早いのである。

 これは、決して外と中に何かしらの時空のゆがみが発生して、時間の流れに差が出ているというようなSF的なものではない。

 感覚のことを指す。

 買い取った企業であるインラは、この区画へとある薬品を散布した。それらは住人及び動植物に重大な影響を与えた。それが時間感覚の鋭敏化であった。

 これは決してインラの問題ではないことを説明しておかなければならない。そもそも問題として認識されなければならないのは、この区画で行われていた幾つかの組織による抗争である。その中で相手を殲滅し区画を支配することを目的として開発されたウィルスがまたたくまに蔓延し多くの人を蝕んだことがあった。インラはいかに効率的に治療するべきかと考えた末に、薬物散布を行ったのである。時間感覚の鋭敏化はその副作用であった。

 ちなみにインラ遊園区画に外から入ることは容易である。ただし時間制限があり四十時間以内とされている。それ以上いると外に出ることが禁じられる。そのため中に入る際はインラ遊園区画入口にある腕輪を装着する必要がある。腕輪は中に入ると稼働して外に出るとタイマーがリセットされる仕組みとなっている。ちなみに四十時間以上いることで、どのような理由から外に出ることが禁じられるのかは説明されていない。

 一説にはアルツハイマーの発症率が十倍から二十倍に増し、発症すると一般的なアルツハイマーと違い空気感染を起こす、とあるが真偽のほどは定かではない。研究などはされているのだろうが新しい情報は発表されていない。

 二年前。

 インラはこの区画の所有権を放棄すると一方的に宣言した。

 当時は色々と騒がれたものである。そもそも多くの人が住んでいる場所を買い取るということは生活を保証する義務があるため責任を放棄していると批判されたのだ。当然インラは日本国内だけではなく母国のアメリカにまで非難されるという状況に陥った。今現在インラは企業としての体をなしておらず一切の連絡に応じないままである。

 結果、インラ遊園区画は東京都内、豊島区内、久十字路町内にありながら多くの問題を抱えて存在する放置された区画として残ることとなった。

 丸沙日大学ではインラ遊園区画の植物、文化、自治組織などを研究しており定期的に都庁へ報告を行っている。

 都庁としては丸沙日大学に一任することで、インラ遊園区画内の問題の責任を一手に引き受けないようにしているし、丸沙日大学は都庁から色の付いた特別予算をあてにしているため他大学や研究機関に介入されることは避けたいと考えている。この点で利害は一致していると言える。

 ちなみにネットでインラ遊園区画の論文などを調べることはできるが中の状況を撮影することは禁止されているため一切は記述のみである。

 また住人達についても謎が多く、文化的にも歴史的にも時間的にも断絶した区画に外との接触に寛容な者は少ないのではないか、と考えられている。

 数か月前、ある写真家が無断で立ち入った。

 戻ってくることはなかったが大きな話題にはならなかった。

 そういう区画である。

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