5-3
バイクは静かに水面を走っている。
僕と小雀は時折やってくる波によって生まれる上下の動きに身を任せている。
水の跳ねる音や渡り鳥の鳴き声がわずかに聞こえるばかりである。
母親を蘇らせたいという思いが強いわけではない。だが、そのチャンスが巡ってきているという事実が少しばかりの欲を肥大化させている。私に制御できるのか不安になる。
グリーンラビットに七つのオーパーツを渡すことは僕以外の人間の思惑も絡むところである。例えば久十字路町のデッドバーストふれあい祭りを楽しみにしている人たち。彼らは当たり前のように七つのオーパーツが揃って、かつ蘇りの儀式も行われるだろうと思っている。けれど今回のことでグリーンラビットへの受け渡しが行われれば、今年のお祭りも、来年のお祭りも、その次の年も、そのまた次の年のお祭りも消えてしまうわけである。
それを納得するだろうか。
僕の母親は歴史を研究していたわけで、その影響なのか僕の中には祭り等の文化的な行事について好意的な視点がある。
つまり、これで潰えてしまっていいものなのか、ということだ。
おそらくデッドバーストふれあい祭りにおける蘇りの儀式はオーパーツを集めることで結果的に発生してしまうものでしかない。また収集員が気にしている点は文化的な側面ではなく倫理的な部分でしかない。
つまるところ全く嚙み合っていないのである。
久十字路町からすれば副次的に生まれたものを問題視されたとしても、余計な指摘そのものである。だからといって蘇り自体をやめてもいいか、と言われるとその点は全くの別個の問題となる。もはやデッドバーストふれあい祭りの一部と化しているためだ。
グリーンラビットの存在は収集員側から言えば渡りに船だったのかもしれない。どんな形であれデッドバーストふれあい祭りという文化は記録上のものとなり永遠の結晶として崇め奉られる。ホワイトキューブや殺風景な月の表面に並べられる作品郡は手垢と指紋と唾液から離された無縁の時間を過ごすと相場が決まっている。
文化に対するアプローチとして公的な機関が近づこうとした場合、放置という形を取りにくいのは日本というお国柄だろう。
「お母さんに会いたいのか、お前」
僕はそこで思考を止めた。いや、正直に言おう。止まってしまった。
小雀の声を求めていた。
「会ってもいいかなと思います」
「素直じゃねぇな」
「とても会いたいか、と問われれば、それはどうしょうか」
「自分でも分かんない感じか」
「はい」
「あたしは会いたい人はいる。お前の立場だったら蘇らせたいって思っちゃうな。話したいことはいっぱいあるし。でも収集員が言っていたことも分かる。不自然だしな」
「不自然ってそんなにおかしいことなのか、と思ったりもしてしまうんです」
「ちげぇよ。収集員が言っているのは、チャンスがなかったら死んだ人を蘇らせるのは間違いだ、と思ってたはずだってことだよ。目の前にそれが来るまでは冷静に判断して自分なりに答えを出していたのに急にできるようになって変化させるのはおかしいだろってことなんじゃねぇの」
「それは、どうなんでしょう。別に今まで人を蘇らせるとしたら、と考えたことなんてないですから」
「それなら、そうだけどさ。でも倫理的にちょっとやばそうだな、とかはあるだろ」
「分からないです」
「あたしは蘇らせちゃえばいいと思うけどな」
「どっちですか」
「もう考えるのが面倒臭いんだよ。いいよ、なんだって、どうなったって。チャンスを掴んでるのはこっち側なんだし、こっちがどう判断するかをこっち以外が決めようとする方がおかしいだろ」
「そうなんですかね」
「そりゃ、そうだろ」
僕は母親の顔を思い浮かべようとする。
表情は見えなかった。
だというのに余り悲しい気分にはならなかった。
「母は蘇りたいんでしょうか」
「は。何が」
「母は死者なので当然こちらから、蘇りたいか、と母に尋ねることはできません。僕たちは本人に許可も取らずに勝手に蘇らせようとしているということですよね」
「まぁ、そうだけど」
「蘇らせるって自分勝手ですね」
「そうか、そうとも言えるな」
「自分の子どもに、産んでもいいか、と尋ねていないのに無理やり産むのと同じですね」
グリーンラビットが黒区画のオーパーツを持っていることが分かった以上、黒区画に行く必要はなくなった。
残りは二つである。
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