5-2

「今から君達に助かる道があることを示すとしよう。よく聞き給えよ」

 相変わらず偉そうな喋り方である。わざとらしく大きくため息をついてみせたが、当然ながら距離があるので聞こえることはない。中指の一つでも立ててやろうかと思ったが、やめておいた。僕らしくない。

「これは協力依頼だ。今、東京都は大変な事態に見舞われている」

 僕と小雀は顔を見合わせた。

「知っていましたか」

「お前と一緒にいたんだから、お前が知らねぇなら知らねぇよ」

 スピーカーが雑音を生み出して、僕と小雀は収集員の方に顔を向けなおす。

 エンジン音が少しずつ小さくなっていく。

「君たちはグリーンラビットを知っているだろうか。三ツ星区画のオーパーツである完全なる球体を盗んだとされる存在であり、緑色のウサギの着ぐるみに身を包み予告なく現れる不気味な何か。そのグリーンラビットが都庁に現れたのだ」

 正体不明の存在。

 僅かに寒気すら感じる。

「グリーンラビットが現れたのは六時間ほど前のことだ。東京都を支配する唯一無二の尊いお方である都知事の部屋に急に現れた。フロアは六十二階。窓は開かない。セキュリティは厳重でエントランスに無断で立ち入れば蟻一匹でさえレーザー光線で焼き殺される。都知事と一緒に部屋にいたSPから侵入経路について妙な情報がある。グリーンラビットが地面とは垂直の姿勢で両手を左右に広げて、東京都の空をスライドするように飛んできたそうだ」

 想像しようとしたが突飛過ぎて難しかった。特に羽があるわけでもなく空中浮遊をするなどマジックそのものである。ただし、この程度のことは久十字路町では日常茶飯事と言っていいだろう。

「グリーンラビットは血まみれの釘付きバットを右手に持っていた。都知事の部屋に入るときには当然それを振り回したと思うだろう。それも違う。窓が勝手に割れたそうだ。中には何人かのSPがいたわけだが、恐怖のあまり戦うこともできずに都知事を置いたまま逃げ出してしまった」

 僕はグリーンラビットが圧倒的な恐怖を与えたのだろうと推測したが、同時に与える必要もなかっただろうと考えた。異質であることさえ伝われば、後は人間の脳が勝手に作り出す産物が恐怖である。

「なぁ、もしかしたらだけどよぉ、グリーンラビットはSPが逃げ出すだろうと踏んでたんじゃねぇかな」

「僕もそう思います。SP側に協力者がいたかもしれませんね」

「まぁ、それも含めて捜査してるだろうけどな」

 物事はグリーンラビットにとって都合の良い形で進んだはずだ。

「SPが冷静さを取り戻してもう一度部屋に戻ると、そこからはグリーンラビットも都知事の姿も消えていた。都庁の前を歩いていた一般人からグリーンラビットが窓から出て来てスライドするようにどこかに向かって空を飛んでいく姿が目撃されている」

 小雀が唸る。

「誰がどんな目に遭ったって構わねぇけど、東京都にとっちゃあ大問題だな」

「日本という規模で見ても大問題ですよ。何せ首都ですからね」

 国外がどのような反応を示しているのか気になるところではある。

「都知事は彗星のごとく現れて前任の都知事を選挙で蹴散らされた尊いお方だ。常に仮面をつけてお顔を晒さない謎多き存在であり高貴そのものである。都知事の尊いお命は、この世のすべてのものを合わせても遠く及ばないヴェリヴェリインポウタント最優先事項。そのためグリーンラビットの要求に応じなければならない」

 要求があったということは、つまるところ連絡があったということである。そして、それは言葉が通じるということであり交渉可能余地が残されている証明にもなる。

 意思を持たぬ怪物ということではないらしい。

「今現在グリーンラビットは三ツ星区画の完全なる球体と黒(くろ)区画の純真日記の二つを持っている。要求内容は他の五つのオーパーツを集めて持って来ることだ。つまり君達二人が持っているクリスタルの羽と未来の夕景とカセットテープ、そして残りの二つのオーパーツを手に入れてグリーンラビットに渡すことができれば都知事は助かる」

 小雀が舌打ちをした。

「何であいつらのためにオーパーツを渡さなきゃいけねぇんだよ。ただでさえ威張り腐ってるくせにバカ言いやがって。死ねボケ」

「確かに利がないのであれば、こちらが協力する理由もありませんね」

 収集員の耳に僕たちの声は届いていないだろうが、何となくこちらの意思を察したかのようにスピーカーはまた声を発し始めた。

「もちろん、ただで協力をしろとは言わない。もしも七つのオーパーツをグリーンラビットに渡すことができて、かつ、都知事の身の安全を確認できたなら君達二人の今後の人生における衣食住、教育費、娯楽費、その他すべてを保障すると約束しよう」

 小雀が頷く。

「悪くねぇな」

 僕は余り納得していなかった。

「君たち二人には冷静に考えてもらいたい。デッドバーストふれあい祭りは確かに素晴らしいお祭りだ。文化的価値があることは言うまでもない。だが、その中で行われている七つのオーパーツを使った蘇りの儀式については考えるべき点が多数ある」

 花街区画で占い師も言っていた。

 死者を生き返らせる。

 本当にそんなことが可能なのだろうか。少なくとも収集員は信じているようではある。

 僕も、信じてみていいかもしれない。

 いや、信じたい。

「一度潰えた命をもう一度この世に蘇らせるという技術。そこに付随するスピリチュアル的な事象。それらには学ぶべき要素が多く含まれていることは間違いない。だが非常に繊細な問題でもある。技術的にどうこう、やれるからどうこう。そういう話ではない。命とは一度きりだから大事なんだ」

 小雀が収集員の言葉を正面から受け止めているのが分かった。

 僕の彼女は良い性格をしている。僕にはもったいないくらいだ。

「デッドバーストふれあい祭りでは、七つのオーパーツを集めて来た者に蘇りの儀式で誰を蘇らせるかを決める権利がある。だとするならば、君たちが誰を蘇らせるのかを決めることになるわけだ」

 母親の影が脳内にちらつく。母親の香りなどはなく、その代わりのように花の香りがした。おそらくカーネーションだ。

 僕は自分が呪われていることを改めて理解した。

「おい、お前大丈夫かよ。震えてるぞ」

「えぇ、大丈夫です。ご心配なく」

「その言い方で心配しちまうよ」

 小雀が僕の頭を撫でる。

「君たち二人も含めて誰にだって蘇らせたい人間の一人や二人はいるだろう。もう一度抱きしめてもらえる、もう一度抱きしめることができる、あの時のあの言葉を謝ることができる、話すことができる。最高のチャンスが巡ってきた、と思うだろう。痛いほど分かる。だが蘇りなんてものが存在しないことが自然の摂理であり、答えだ」

 収集員の声が少しだけ感情的になっていることが分かった。

 僕も小雀も物音ひとつ立てずに言葉の一つ一つを聞いていた。

「私だって失ったものばかりだ。家族もいない。作らなかったんじゃない。昔はいたんだ。今はもういない。でも今の私には立場があり権力がある。聞こえは悪いかもしれないが、この立場にも権力にも私の努力や夢が詰まっている。ただの肩書だが私の血肉が詰まっている。誇りなんだ。失ったものばかりだよ。でも失ったものを数えるために指を折ったら何も掴めないんだよ。臭いセリフだな。ごめんな」

 自覚があるなら臭いセリフを口に出さない方がいい、とは思ったが、もちろん口には出さなかった。僕たちのためになるような情報を伝えたい、という収集員の感情は受け取れたからだ。

「臭いセリフだけどよぉ、良いこと言うじゃねぇか」

 しかし、それを加味しても臭い。

 収集員がこちらを見つめながら苦笑しているのが分かった。声は聞こえないまでも、何か伝わったのかもしれない。

「いいかね。もともと蘇りの儀式とは各省庁で数多く発生したパワハラやセクハラなどの問題を解決する手段だった。職員が鬱病や自殺、退職していくことで労働力が減っていく対策として無限に働き続ける死ななない社員を生み出す研究が始まったのだ。それは後に神道と結びつくことにより蘇りの儀式という形を手に入れてデッドバーストふれあい祭りに合流。今に至るというわけだ」

 小雀が僕の頭を軽く叩く。

「初めて知ったぜ」

「僕もです」

「パワハラとかセクハラとか言ってたから、蘇りの儀式自体は最近生まれたものなのかもしれねぇな」

 昔と大昔の差は過去という言葉によって一括りにされるため、時系列が分かりにくくなるものだ。

「君たち二人もこれで分かっただろう。所詮は人間の薄ら寒い発想に肉付けをして出現させた薄気味悪いアイドルだ。触れられず消えていかなければ意味をなさない。枠線を持たない思想をより文化に根付かせたことで生まれた合成甘味料。これは誉め言葉ではない。その高潔さを抱えられる人間は存在しないということだ」

 収集員の声には少しだけ疲れが滲んでいた。

 少しずつバイクのエンジン音が大きくなり始めて、正面から波のように覆いかぶさってくる。

「こちらの要求に応じてくれるなら残りのオーパーツを集め終えたところで連絡をして欲しい。もしも応じてくれないのなら、こちらも本気になる。君たち二人を信じて良い返事を期待している。それではさらばだ」

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