4-6
運転席は、僕が想像したような場所ではなかった。
まず、大きな画面に映し出されているのは汽車の正面の景色。中くらいの画面が二つあり、それぞれが汽車の側面からの光景である。最後に小さな画面がいくつもあり、その中の一つは汽車を見下ろすような視点であった。空にカメラを飛ばして撮影しているということなのか。
その下にはタッチパネル式の画面があり、複数の黒い四角形がこちらに向かって浮かび上がるように表示されている。表面には英語と数字が書かれている。ブレーキのボタンは分かったが、それだけで十以上ある。意味が分からない。とにかく押さないようにした。
床には碁盤の目のように溝があり、革張りの椅子の足が溝にはめられていた。どれも両方にひじ掛けがあり、ドリンクホルダーには飲みかけのジュースかビールの缶があった。
床は散乱した資料でいっぱいである。当たり前のように足跡がついているので遠慮なく僕も小雀も歩き回っている。
「運転席なんだよな、ここ」
「運転席というよりかは安全に走行できるかを確認するために、汽車の周りを監視している監視室と言った方がいいかもしれませんね」
画面を前にして右の壁に目をやる。
四人の運転手が縄で縛られた状態で座り込み青い顔をして痙攣をしている。
「僕が皆さんに毒を飲ませたわけではないのです。すみません」
その横に同じように縄で縛られて猿轡をされた状態で顔を真っ赤にしている七番がいた。
顔面が赤いのは、毒のせいではない。ただの怒りだ。
僕は七番の猿轡をとる。
「運転手の方に食べさせた毒は大丈夫なものなのですか」
「顔色は悪くなるし体が麻痺するようなものだが二時間もすればもとに戻るだろう。全く問題ではないね。だが問題はそちらじゃあない、こっちだ。見てみろっ、君に縄で縛られ、おまけに君の彼女に鳩尾を殴られたんだぞっ」
小雀が鼻で笑うとシャドーボクシングを始める。
「わりぃな。きれいに入っちまったみたいでよ」
僕はその光景を思い出す。拳が突き刺さるというのを生で見たのは初めてだった。
心底興奮した。
「これがどれだけ失礼なことなのか君は分かっているんだろうなぁ。えぇ」
「邪魔になる人間を拘束しました」
「その邪魔になる人間の中に何故か私まで入っているんだが」
「当然です。権力に目が眩みやすいあなたです。オーパーツを取るときに自由にしておくべきではありません」
「なるほど。騙したということか。随分と汚いやり口を使うじゃあないか。仲間に引き込んでおいてからこんな仕打ちをするなんてどんな神経をしているか疑ってしまうよ」
「引き込みはしましたが仲間だとは思っていません。恨まないでください」
「恨むなだとっ、ふざけるなっ。恨まずにいられるかっ」
「では、恨んでいただいて結構です」
七番が唾を飛ばしてくる。
「そっちがその気なら君の大好物だったクリームパンや生クリームパンを二度と作ってあげないからなっ」
「はい、結構です」
「いいか二度とだっ。頼まれても作らないからなっ、超本気だぞっ」
「間に合っています」
僕は無表情で頷いた。
七番がため息をつく。
「昔は、私の代わりに宿題や掃除をしてくれるくらいに優しかったというのに、あの頃の君はどこへ行ってしまったのか」
「あなたがクリームパンと生クリームパンを作ってきて肩代わりして欲しいと頼み込んできたからです。無償の愛ではありません」
「私が中学生の頃にふざけて校舎を全焼させた時だって、君はかばってくれたじゃないか」
「クリームパンと生クリームパンを五つずつくれましたからね」
「去年、君から相談をしたいと電話がかかって来た時、深刻そうな内容だったから直ぐに電話を切ったが許してくれたじゃないか」
「あれは、まだ許していません」
「ちなみに、何の相談だったのか教えてくれないか」
「高校の入学式で色々あったのです」
「私の第六感がこう告げている、この相談は重くて面倒臭い、とね」
「続きを聞きますか」
「愚問だな。黙りたまえ」
小雀が大きく舌打ちをして七番を睨んだ。
僕はまた七番に猿轡をすると先ほどまで見ていた幾つかの小さな画面へと近づく。
その中に、目当てのオーパーツを撮影しているものがあった。
指で画面を触れると、すべての画面が壁や床へと収納されていった。そして天井がスライドするとシャンデリアのようなものが姿を現し部屋の真ん中に降りてきた。
若干黄色がかった水滴のような宝石が円を作っており青いチューブのようなものが内側に円を作っている。その中心にオーパーツが設置されていた。
一番近かった小雀がそれを取る。
「なんだこれ。分厚いカードみたいだな。しかも穴が二つあるぞ」
「それはカセットテープですよ」
「カセットテープ。ふうん」
黒いプラスチックの板をある程度の厚みになるよう同じく黒のプラスチックでつなぎ合わせたような形状である。ある側面だけは外部の光を吸収するためにシートをわざと露出させている。おそらくそれ単体で稼働できるように光をエネルギーに変換できる材質であると考えられる。小雀が言った通り穴は二つあり内側は白く歯車のような形状をしている。造形については非常に謎が多い。
「昔の人類が使用していたものだと思われます」
「どうやって使ってたんだろうな」
「中にエネルギー体を仕込むもののようですね。隙間から青い光を確認することができます」
「へえ。で、それが」
「現在、この汽車は漏れ出たエネルギーを利用して動いているようです」
「このカセットテープってのは、ほかにはねぇのか」
「残念ながらこれが日本中で、いや、世界中で最後の一つだそうです」
「超貴重だな。まぁ、とにかく三つ目のオーパーツはこれでゲットだな」
僕はあくびを一つして七番のもとへと近づくと猿轡を取った。
「いかがでしょう。もう一度取引をしませんか」
「クリームパンも生クリームパンも作る気はない」
「今更、そんなもの必要ありません。それよりも、よく聞いて下さい。この状態が続けば汽車はストップします。そうすれば乗客はパニック状態になり、状況把握のためにこの運転席にも入ってくるでしょう」
「何が言いたい。はっきりと、そしてさっさと言え」
「何者かにオーパーツを取られたが勇敢に戦ったということにしてはいかがですか」
「何だと」
「よく考えてください。この部屋を見る限りジュースやビールがあります。この飲み物はあなたが差し入れたものですか」
「そんなわけがないだろう。こんな低俗なもの飲ませられるか」
「つまり運転手たちは勝手に飲み物を持ち込んだわけですね。ちょうどいいですから毒はそこに入っていたことにしましょう」
「なるほど」
「飲み物は検査されないように溢すか食事の毒を混ぜてしまう方がいい。すべては隙を突かれた職務怠慢の運転手たちによって生まれた事件にしてしまえばいいのです」
「そうすれば運転手の権威は地に落ちるな」
「運転手の体には痣がありませんが、あなたの体には痣が」
「大きいのが一発分あるな」
「あなたはまんまと眠らされた運転手たちと違って勇敢に戦った挙句あと一歩のところで負けてしまった英雄になる」
「それにはもちろん大賛成だが私が君達二人の名前を出す可能性もあるだろう」
「その時、僕はこう言います」
「なんと言う」
「七番という名のコックは私たちの共犯であると」
「なるほど。分かった。いい。それで結構だ。見逃そう」
「一つだけお願いがあります」
「なんだ」
「バイクを貸してください」
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