4-5

 八百十二番の車両は食堂車である。

 リフトなどがすべて撤去されているため広々としており、白くて丸いテーブルがそこかしこに並んでいる。

 僕と小雀は車両に入って一番近いテーブルへと座った。

 食堂車両でご飯を食べているのは金髪の少女と、デスマスクを被った老婆だけだった。

 すべてのテーブルの真ん中には赤いバラの生け花とメニュー。椅子の後ろには椅子と同じくらいの高さのトランペットのようなものがあった。床に固定されているため持って使うものではないようだが、それ以上の情報がない。

 ちなみに、トランペットの広がっている部分のところをベルと言う。こんな知識覚えていて使うことなどほぼないので忘れた方がいいと思う。

 給仕係がすぐによってきて微笑みながら軽く頭を下げる。

「この時間はチーズオムレツとハムのサンドイッチとワサビのサンドイッチ、コーンポタージュスープにトマトとベーコンのサラダと、ポテトフライとチキンステーキ。デザートにパンナコッタとバナナヨーグルトとチョコのクレープケーキとなっております。お飲み物はホットコーヒーと紅茶のどちらになさいますか」

「僕はホットコーヒーで」

 小雀が瞬きを何度かする。

「あ、あたしもそれで」

 給仕が微笑む。

「かしこまりました」

「あと、申し訳ないのですがコックは七番をお願いいたします」

「かしこまりました」

「あぁ、それと。七番は知り合いなので、少し挨拶もしたいのですが」

「かしこまりました。このテーブルに向かうよう伝えておきます」

 給仕係はまた軽く頭を下げると、テーブルから去っていき厨房らしきところに入っていった。

「量、めっちゃ多くないか」

「まぁ、お腹いっぱいにはなれますし。あとテーブルマナーは別にいいのですが、絶対に残さないでくださいね。この汽車から叩き出されますので」

「じゃあ、ほかのところで飯を食えばよかったじゃねぇか」

「食べ物にありつけるのはこの車両だけです。この食堂車以外で何かを口にしても叩き出されますし、ここのコックが作ったもの以外を口にしても叩き出されます」

「わけわかんねぇよ」

「まぁ、マナーってそういうものですから。ただ、どれだけ食べても無料なので今日一日分のカロリーを摂取するつもりでとにかく胃袋に詰め込んでください」

 僕は足音が近づいてくるのが聞こえ、そちらへと顔を向けた。

 白いコック帽に黒いコックコートを着た男が早歩きでこちらに向かってくる。

「随分と久しぶりじゃあないか。この紅区画で彼女とデートかな、うん」

 男は先ほど僕が呼んでいた七番のコックである。中学の時の同級生で、中学卒業後はすぐに料理人として修業を始め、三ツ星区画から紅区画へと移動して就職したのだ。

 僕は小雀に向き直る。

「僕は、この七番のコックと幼馴染なんです。本名は、ですね」

 七番がテーブルに到着すると顔を横に振って片方の眉をあげた。

「いやいや、七番と呼んでいただきたいねえ。ここで七番を名乗れるのは大変な名誉でね。一番から六番は、経営側に回っていて料理人としての腕は最悪。実質現場に立っていて最高権力者といえるのは、七番で間違いないのだよ。自分の名前すら捨てて本名を七番にしたいくらいなのさ」

「というわけで、僕の幼馴染、七番です」

 小雀が軽く頭を下げる。

 七番は頭を下げることもなく鼻息荒く瞬きをゆっくりとした。

「で、何の用かな。こちらとしては指定されたからには腕によりをかけて美味しい料理を提供しようと思っているのに、お喋りまでしなければいけないことになっている。時間がもったいないんだが」

「実は相談したいことがあります」

「何かな。この食堂車両の七番として。君の幼馴染としてできることならば全力でやらせてもらうとしよう」

「この紅区画のオーパーツの場所をご存じですか」

「愚問だな」

「しかし、オーパーツはこの機関車の動力源でもありますから簡単には渡してはくれないでしょう」

「ちょっと待ちたまえよ、君。つまり、あれか」

「オーパーツを盗みます」

「確かに、この汽車が一日や二日、一週間止まったところで何の問題も起きないだろう。あくまでこのあたりの水流の維持であって、大きな意味はないのも事実だ。だがなあ」

「問題がありますか」

「バカかね、君は。大ありだ。問題はありありのありだ。そもそも、オーパーツを盗みたいということは久十字路町で年に一度行われるデッドバーストふれあい祭りの開催のために違いない。そうだろう」

「愚問です」

「そもそも紅区画は、デッドバーストふれあい祭りについて好意的ではない、むしろ否定的だ。今までだって久十字路町の文化的な面でしぶしぶ協力しているというのが本音だろう。だから去年も、その前の年だってオーパーツが持っていかれたときは他の区画との関係を絶つべきだ、とデモも起きたんだぞ。そのところも分かっていて口に出しているということなんだろうな」

「なぜ、そんなにもデッドバーストふれあい祭りが嫌いなのですか」

「歴史的なお祭りと言ったら、博多祇園山笠とか、阿波踊りであるとか、ねぶた祭りだろう。普通は漢字とひらがなと相場は決まっているんだ。何故カタカナが入ってくるんだ。日本の伝統的なお祭りで、デッドバーストなんて単語が入るわけがないだろう。ふれあい祭りだって、どっかの老人ホームがボケ防止のためにやってる貧相なイベントみたいな名前だぞ」

「しかし、伝統的な素晴らしいお祭りであることは事実です」

「デッドバースト祇園山笠とか、デッドバースト阿波踊りとか、ねぷたデッドバーストとか聞いたことないだろう。なんだその、マッドマックス怒りのデス・ロードみたいな名前は」

「マッドマックス怒りのデス・ロードは名作です」

「まぁ、残念ながら何をするかの時点で既に協力できないことは決定していたな。いやあ、すまない。全く役に立てなくて本当に申し訳ないなあ。いやあ、遠路はるばる来てくれたというのに本当にすまない。いやあ、すまないすまない」

「この機関車を乗っ取りたいとは思わないのですか」

 七番の表情が少しだけ変わる。

 それでいい。

 七番は料理が得意である。そして自信家である。本来であれば誰かの下で働くことなどプライドが許さないはずだ。料理を作っている人間が世界で一番偉くて、客は土下座をしながら食べるべきであると思っている。

 料理というコンテンツと本人の性格の問題も相まって歯止めの効かないプライドの増長は最高潮に達しているはずだ。

 ああいう料理を作りたい。

 ああいう料理器具を揃えたい。

 食堂車をもっと増やしたい。

 絶対にそう思っているはずなのだ。

「そこでアイデアです。この機関車の運転手は何人いますか」

「四人だ」

「四人はどこに」

「この機関車の先頭にある運転席にいる」

「その四人が運転席から外に出るのはいつですか」

「半年に一度もない」

「何故ですか」

「衣食住、すべてこの機関車の先頭にある運転席で行っている」

「食事の提供は誰が行っているのですか」

「七番コックであるこの私が行っている」

「この機関車に自動運転機能はありますか」

「線路の上を走っているだけだからな。運転も何もあったものではない。運転手たちはただ運転手という職業の下だらだらと寿命を浪費しながら権力を使い。金を欲するクズだ」

「食事に毒を混ぜて、運転手たちの隙をつきオーパーツを手にできれば」

「運転手たちを今いる立場から引きずり下ろせるだろうなあ」

「機関車における運転手という明確な権力者が失墜すれば、人間信じるものは自分の身一つです。料理人が食事を制限すれば空腹は命にも直結します」

「料理人の天下になることは間違いないだろうなあ。うん」

「実質的な料理人の最高権力者は何番ですか」

「七番」

 僕は両手を広げてみせる。

「お腹がすきました。そろそろ料理をお願いします」

 七番がわざとらしく大きな拍手をする。僕も拍手をする。小雀もつられて拍手をする。

「紅区画の最高権力者、七番様が作る料理をとくとご賞味あれ」

 七番の悪魔のような笑い声が食堂車をこだまする。

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