3-5

 未来の夕景の写真を撮ることができた。

 一刻も早く神葬区画から出たかった。

 気持ち悪い。

 走って検問を通ったが、誰にも止められなかった。

 そのまま森の中へと入っていく。

「なんなんだよっ。あいつらマジできめぇっ。鉈を投げたのはマジだったし血だって本物だった。趣味が悪すぎるぜ」

「信仰心が人を狂わせたのではなく、狂っている人たちに信仰心が付加された。ということなんでしょうね」

「こえぇよ、こえぇって。あれは環境が悪いってことになるのかよ。どうなんだよっ。どうなったらああいう行動をしちまうんだよっ。目の前で人がもがき苦しんでたんだぜっ。わけわかんねぇよっ。バグってんのか。おい、あいつら頭バグってんだろっ」

「落ち着いてください」

「なんで、あそこにいたあいつらは、そういう人として変な感じを出しちゃうんだよ。変な感じならちゃんと隠せよっ、こっちが不安になっちまうじゃねぇかよっ。見たくなかった。あれ、見たくなかったっ。マジきめぇっ。クッソきめぇっ」

「集団化して正義になった思考であると思います」

「どう見たって正義じゃねぇだろうがよっ」

「彼らにとっては正義なのかもしれません」

「あれが正義なわけねぇだろっ。そりゃあ、正義はふわふわしたもんだけどよ。でも、あるだろラインが」

「僕もそう思います」

「わかんねぇ。わかんねぇよ。理解できねぇのがこえぇよ」

 これは違う。

 絵になるほどの悪意の肥大化だ。高貴なる地に落ちた意志だ。

 偉大なのだろう。

 僕にはわからない。

 十分ほど沈黙をしてから、小雀の右手を両手で握ってマッサージをしてあげた。小雀は、困ったような表情をしながら笑顔になってくれた。

 安心した。

「この森を北に歩いていきましょう。えぇと、次は紅(くれない)区画ですね」

「紅区画。聞いたことねぇんだけど」

「久十字路町は七つの区画に分かれてはいますが、東京都は六つに分かれていると言って認めていません。つまり、紅区画は公式には認められていない区画ということです」

「なんで、認めようとしねぇんだよ」

「久十字路町の中で圧倒的戦力を誇り、都庁を破壊する一歩手前まで迫ったのが紅区画だったからです」

「その時のことで紅区画は政府に目をつけられたと」

 僕たちは花街区画のクリスタルの羽についてはよく話したが、未来の夕景については話す気にもなれなかった。

 未来の夕景に責任は一切ないし、その美しさに傷はつかない。僕は特性や事象とは全く別に付随する記憶が価値を貶めることがあると心で理解することができた。

 自分の不都合さに安心した。

 森を抜けると空は真っ暗になっていた。

 紅区画に向かうための川が見える。

 着物を着た船頭が僕たちに軽く頭を下げる。

 川は穏やかである。それに反して乗っていく船は傷だらけで荒々しい。表面に縄のような模様が彫られ、先頭には女性の顔のデスマスクのようなものがつけられていた。長さは八メートルほどで横幅は二メートルほどあった。かなり大きい船なのではないか。

 船頭は一本のオールを手に持っている。これで動かすようだ。正直、信じられない。

 川の両側に整列している岩は、そのどれもが斑なく白かった。デザインされたかのような色合いは、川の中に溶け込み消えてしまいそうなほど柔らかである。

「お客様はぁ、紅区画に行かれるんですかぁ」

 僕はその言葉を聞いてクリスタルの羽の持つ力を思い出した。

 体に力を入れる。

 しかし、羽は生えてこなかった。

「えぇ、紅区画までお願いします。どれくらいかかりますか」

「七時間くらいかぁ。まぁ、それくらいでぇ」

「ではお願いします。その前にお手洗いに行きますので、戻ってきたら出発ということで」

「分かりましたぁ。今日の川は穏やかなもんでぇ。船の上で寝れますからぁ、布団を敷いときますねぇ」

「ありがとうございます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る