3-6

「よう、寝たか。まだ、起きてるか」

 全く眠くない。

「まだ、起きてます」

「すげぇな夜空。東京でもこんなきれいな星を見られるんだな」

「確かに綺麗ですね」

「それに、水の音もめちゃくちゃ気持ち良いな。水の中で寝てるみたいな感覚だぜ。もしかしたら、これは夢で実際は溺死する一歩手前なのかもしれねぇな。いや笑えねぇな」

 時間はどれくらいだろうか。感覚では日付が変わる寸前くらいだろう、とは思う。

 穏やかな揺れが安心させてくれる。

「星座って何回見ても納得いかねぇんだよなぁ。だってさぁ、わけわかんねぇじゃん。それとそれを繋げて白鳥ですとか、髪の毛ですとか、双子とか、蠍とかさ。屁理屈の塊だよな星座って」

「そう言われると、確かにそう思えますね」

「結局、昼間って明るいから色々できるだろ。でも夜だと暗いから何にもできねぇわけだ。だから時間を持てあますわけよ。じゃあ、どうするかって話じゃん。飯食うかセックスか星を見るかのどれかだろ。そりゃ暇すぎてわけわかんねぇ星座くらい作り出すわな」

「無理に創り出した娯楽だったのでしょう」

「だよなぁ。いやぁ、こういう話をお前としたかったんだよね。こういうわけわかんない生産性のない話。うん、好きな人とさ」

 僕と小雀は付き合っている。今は船の上で寝ている。体を重ねているわけではないが愛し合っている。

 そう言えば船頭も乗っている。

 何をしているわけでもないのに急に恥ずかしくなった。

「なぁ、ちょっと昔の話をしてもいいか」

「聞きましょう」

「あたしさ。小学生の頃に子役みたいなのやってたんだよ。結構稼いでたんだぜ」

「初耳ですね」

「初めて言うからな。CMとかアルクライドっていうバンドのPVとかさ。マジで全然記憶とかはないんだけどさ。たまにネットで検索して見たりするんだ。あたしの栄光だよ。ただ、今でもちゃんと覚えてることもあってさ」

「思い出の仕事、ということですね」

「いやいや、そんなんじゃねぇよ。プロデューサーがロリコンで、ちょっかい出されそうになったことがあってよ。正確にはアリコンとかハイコンとか言うらしいけど、わかりにくいからロリコンでいいよ」

 僕は寝ころんだままだったが背筋を伸ばした。真剣に聞くべき話が、このタイミングで飛び込んでくるとは思わなかった。

「その時は警備員のおっちゃんが助けてくれて大丈夫だったんだけどさ。でも、そのおっちゃんは次の日からいなくなっちゃってさ」

「そのプロデューサーが裏で手を回してクビにした、ということですか」

「どうだろうな。あたしを助けたせいで職を失ったのか、単純にどこかに異動になったのか詳しいことはわからねぇよ。で、それからあたしも仕事がなくなっていって引退した。やめてすぐの時は自分の実力不足とか考えたり、プロデューサーのちょっかいを受け入れてたら今でもタレントとして仕事をしてたのかなぁ、とか悩んでたな」

「未練はあるのですか」

「流石にないな。その後も、そいつが女の子にちょっかい出したっていう噂も聞いたしさ。昔の子役仲間に聞いたら同じエピソードを持ってるヤツもいたし、話している途中に急に泣き出したヤツもいたし。そうそう、吐いたヤツもいたな」

「大変ですね」

「あたし、へその下くらいにタトゥーがあってさ。そのプロデューサーの名前と、なんて言われたか、それが何年の何月何日の何時頃だったかを彫ってあるんだよね」

 僕は体を起こすと小雀を見つめた。

 小雀は真っすぐに夜空だけを見つめている。

 僕はまた横になった。

「あたしさ。言われた日の夜に、ディズニーかなんかのメモ帳に日付とか時間とか内容とかを全部書いたんだよね。で、それをずっと持ってて。高校に入学するくらいに彫ったんだよ。別に特別な気持ちとかじゃねぇよ。高校の時に何でもいいから彫りたくてさ」

 そういうものなのだろうか。

 体に何かを刻みたいと思ったことがないので共感することができなかった。

 お互いの理解できる範囲が違うということは、二人いた時にカバーできる範囲が広いとうことになる。相性が良いと言ってもいいのではないか。

「お前がやめてほしいなら消すよ。で、お前の言うやつを彫るよ」

「考えておきます」

「よし、じゃあさ。あたしは自分の話をしたんだから、お前も何か言ってくれよ。今まで口に出してこなかった秘密とか何でもいいからさ。あたしはお前の全部を受け止めるぜ」

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