2-6
教会の扉は三メートルほどの高さがあった。
二人で扉に肩をつけて息を合わせて押すと、ゆっくり開き始めた。
開いた隙間から光がわずかばかり中に差し込んでいくのが見えた。
中は埃っぽいかと思ったが、そんなことはなかった。むしろ外よりも空気が澄んでいるように感じた。外観よりも荒れ果てているのに、綺麗に、清潔に、整頓されているように見えた。
木製の椅子が散乱していて、それらは形を残しているものもあれば砕け散ってかろうじて椅子であったのだろうなと推測できるものまである。壁は何の材質なのか分からないほどくすんでおり、覆うようにして蔦が絡んでそこかしこに赤い花が咲いていた。床が剝がれているところがあり、その下の骨組みと地面が見える。
薄暗いが外光の量は申し分ない。中の雰囲気を一切壊していないと言える。
奥へと進むと、絵が一枚飾られていた。
「鉄製の絵だな、これ」
「絵というよりも彫刻と言えるかもしれませんね」
触れると冷たく、意図的に刻まれた細かい線が何本も入っていることが分かる。凹凸によって表現をしているようだ。
そこには、大きな十字架とその前に置かれた沢山の果物、そこに集まってくる小鳥たちと裸の人間。その周りを囲むように植えられた樅ノ木。後ろには右から左へと流れていく川。時間はおそらく夕刻だろう。星がわずかばかりちらつき始めようかとあたりを伺いだしているくらいの控え目さ。そんな光景が刻まれている。
小雀も触れて確かめる。
「なんか優しい感じがするな」
「誰でも楽しめますからね」
僕は鉄製の絵、もしくは鉄製の彫刻の右下と左上を持つと、そのまま前に引き出すように力を入れた。すると音もなく滑らかに、左へとスライドし始める。
後ろには腕が一本通るくらいの穴があり、そこに手を突っ込む。
「オーパーツがそこにあるのか」
「もちろんですよ」
何かある。
つかんだ。
そのまま外に出す。
手を開くと、小さなクリスタル製の羽があった。
「これが、クリスタルの羽か。めっちゃ綺麗だな」
薄さはおそらく一センチもないだろう。光をその中に閉じ込めたかのような輝きを放ちながら、その身は軽く浮かび上がるような羽の形をしている。
「では、次の区画に行きましょうか」
「おう、そうだな」
その時だった。
「待ちたまえ」
何者かが教会へと入ってくる。
黒いガスマスクに、赤の上下のスーツ。身長は百九十センチほどだろうか。
「何でしょうか」
「そのクリスタルの羽だが、こちらに渡してもらおう」
「申し訳ありません。どなたですか」
「私は東京都の命を受け、オーパーツの収集を目的とする業務にあたっている者。名前は必要ない。収集員だ」
「収集員さん、私たちは三ツ星区画に住むものです。このオーパーツを七つ集めてデッドバーストふれあい祭りを開催する予定なのです」
「そちらの目的については理解している。しかし、それとこれとは全く別の問題だ。いいか。この久十字路町にあるオーパーツは、日本中にある他のオーパーツと比べると金銭的価値は低い。だが、その歴史的価値、もしくは造形物としての芸術性については非常に評価が高い。よって、東京都のトップにおわす方のご意思により、それらは東京都の中心に建設される、海仙(かいせん)美術館へと収容されることが決まったのだ。いいかね、これはヴェリヴェリインポウタント最優先事項である」
ヴェリヴェリインポウタント最優先事項。
意味は分かるが重複している。
「とにかくおとなしく渡してもらおう」
「渡すとどうなるのでしょうか」
「渡さなかった場合のことを聞くべきであると考えるが、まぁ答えよう。単純だ。もう二度とオーパーツに触れられる日は来ないと思え」
「では、デッドバーストふれあい祭りはどうなるのですか」
「どうにもならん」
「それでは渡せません。これは僕たちの生活に根差したオーパーツであり、久十字路町に住む人々のものです」
「うるさいっ。勘違いをするな。所詮は豊島区も、久十字路町も、三ツ星区画も、花街区画も、東京都のものだ。自治を認めた覚えはない。それは事実であり法にも記されている。お前らが勝手に自由があると思っているだけだっ。そういうのは聞き飽きたっ」
「そのような考えだから、反乱が起きるような要素を生み出してしまうのでしょう」
「それとこれとは全く無関係だっ」
「いえ無関係ではありません。このようなことが東京都を愛せなくなる一つの要因になるのです。僕はずっと、そのことを考えてきました」
「だからどうしたっ」
「東京都は文化を守るおつもりなのですか」
「東京都は文化を守り鑑賞できる環境を整えるのだっ」
「それは文化が守られても息をしていないということではありませんか」
「保管結構っ、保存結構っ、保全結構っ。文化は私たちの管理下によって生まれ変わるのだっ」
「それが東京都に住む者の考えですか。デッドバーストふれあい祭りはこれからどうなるのですか」
「デッドバーストふれあい祭りだとっ、そんな狂った名前のお祭りなどやめてしまえっ。金輪際やらせるかっ。いいからオーパーツをよこせっ」
小雀が収集員を指さす。
「渡せるわけねぇだろっ、このバカ野郎。何がなんだかわかんねぇけど、お前は途中から来ただけじゃねぇか。自分の足を使って探すようなこともしてねぇくせに偉そうなんだよ。東京都のお役人だかなんだかしらねぇけど、お前らには渡さねぇっ」
四秒ほどの間が空く。
収集員がため息をついて右手を大きく上げる。
「私は私以外の人間のわがままが嫌いだ」
そして。
指を鳴らす。
水色のスーツを着ているだけで、収集員と同じ格好をした者たちが教会の中へと入ってくる。
およそ二十人ほどである。
「この水色の収集員たちは、少々荒っぽいこともできる。私のように冷静に交渉を行う人間と違ってな」
水色の収集員たちは、何か小さな声で指示を出し合いながらゆっくりと距離を詰めてくる。
僕は小雀の手を引いて自分の後ろに行くよう誘導した。しかし、そんなことをしたところで状況は一切変わらない。
「どうした、怖いか。怖いなら花街区画のオーパーツ、クリスタルの羽をこちらへ渡すといい」
「渡すものですか」
「君達のような未来ある高校生に怪我を負わせるのは最も避けたい。後で良心が痛む気がするし、正直、今でさえちょっと痛い」
「渡してはいけないと体が反応しています。申し訳ありませんが不可能です」
「不可能とか、無理とか、できないとか、そういうのは聞き飽きたっ。ここまで譲ってあげたのに頑固屋さんめっ。ここから先は痛くなっても知らんぞっ、かかれっ」
水色のスーツが早足で近づいてくる。
僕と小雀は後ろへと下がる。
「やっべぇぞ、これ本当にやっべぇぞ。どうするんだよ」
「どうやって追い払うかを考えている最中です。静かにしてください」
「ちげぇよ、後ろだよ後ろ。気づいてねぇのかよ。自分の背中を見てみろって」
僕は背中に向かって手を伸ばしながら、視界の隅で確認した。
純白かつ滑らかな触り心地、そして、ふっくらとした盛り上がり。
脈を打っているような気もする。
地面に白い羽が落ちた。
「お前の背中、翼が生えてるぞ」
僕は体に力を入れた。
「捕まってくださいっ。今すぐに、ここを飛び立ちますっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます