2-3

 地下は異常だった。

 人通りである。

 そして、とにかく臭い。

 人間臭いのだ。

 口臭。特に朝一番に口から発せられる匂い。あれを常時嗅いでいるような感じ。

 吐きそうになるし、実際、胃液が上がって来たのでなんとか飲み込んだ。

 道の幅はおそらく二百メートルほど、真っすぐに伸びる大通りの先を見ることはできない。

 こちらも地上と同じく石畳の地面で、壁は赤いレンガが積まれてできており、アーチ状の天井を作りだしている。何か糸のようなものが沢山垂れ下がっているが、その先に雫が見える。

 壁に大小様々な蝋燭が埋め込まれており、そこに火が灯っている。光の斑が生まれているため一メートル歩くたびに光量が目まぐるしく変わって目が疲れる。

 通り過ぎていく人々は皆、黒いタオルのようなものを顔に巻いている。目のあたりだけが露出しているが、その瞳をよく見ると本来白目の部分が黒く黒目の部分が白く輝いている。声は大きいので何を話しているのかは筒抜けだが、この人数と顔を隠しているせいで誰が喋っているのかは分からない。

 少し歩いただけで四人と肩がぶつかった。この瞬間にも、五人、六人、七人、八人と肩がぶつかる。誰も謝らないが、正直これが心地いい。

 小雀は全くぶつかることなく私の隣を歩いている。紙一重で交わし、しかも軽く会釈までしている。

「こんなに人が多いと思わなかったぜ。壁の所まで行けば店が並んでるから、色々買って食べ歩きできるんだけどよ」

「衛生的に大丈夫なんですか」

「まぁ、三、四回腹でも壊せばどうにかなるんじゃねぇの」

「どうにかって」

「まぁまぁ、自分の体をこの花街区画に合わせていくしかねぇんだって」

「言っていることは分かりますが、僕の体がもたないと思います」

 小雀が小さく口笛を吹いて右に曲がる。僕の方を少し見て手で招く。

 十二メートルほど歩くと見えてきたもの。

 それはテントだった。

 こんな人ごみにあって邪魔だろうに、というのが第一印象だった。

 高さは五メートルほど。黄色で三角錐の形をしており、その周りにステッカーがやたらと貼られていた。歴代の日本の総理大臣の写実的な顔、人の手に牙を向くドアノブ、星形の林檎、ハート形の蜜柑、クーラーのリモコンなど。全く統一性がない。

 小雀がテントの入り口を探して回り、大きなチャックを見つけるとそれを持ってテントを軽く揺らした。

 テントが立ち上がる。

「あ、どうも、チャックを揺らしたってことは、占いをやりたいってことだよね。それとも冷やかしみたいな感じなの」

 中にはテントの天井を持って立ち上がる、全裸の白人男性がいた。目は青色で金髪をドレッドヘアーにしている。胸毛がとにかく多くて非常に気持ち悪い。

「あぁ、占ってくれよ」

「良いけど。お金を払うんだろうね。あんたら貧乏そうだけど」

「払うから占えって言ってんだよ」

「はいはい、どうぞ」

 占い師らしき金髪の白人男性は、僕たちが近くに寄ってきたことを確認すると天井を持ったまましゃがむ。天井が降りてきて、僕はカーペットも敷かれていない地面に座ることになった。

「で、何を占いたいの。早くして。早く」

「急かすなよ、うぜぇなぁ」

 小雀が僕の方を向いて笑うと肩に腕を回してきた。

「この占い師はマジですげぇんだぜ。だって総理大臣がやめる時期とか、次の総理大臣が誰なのかとか、次に流行るスイーツがなんなのかとか全部当てちまうんだから。なっ、面白いだろ」

「花街区画には面白いところなんてない、と言っていませんでしたか」

「ここは面白くねぇよ」

「そうなんですか」

「面白くねぇことまで当てちまう占い師なんだからさ」

 僕はそこで占い師の方を見た。

 占い師は眠そうにしている。

 しかし確実に僕のことを見つめている。

「なぁ、占い師。あたしらの愛の行方はどうだよ」

「良いよ、普通に良い。良いんじゃないの」

「だってよ。あたしたち上手くいくってよ、良かったな。お前も占ってもらえよ」

 これを占いと言っていいのだろうか。なんとなく言ってみただけ、という感じだったが。

「じゃあ、そうですね」

「なんでも占えるよぉ。占う内容で料金は変わらないからどんどん言って」

「デッドバーストふれあい祭りというものがありまして、僕はそのお祭りの運営側として仕事を任されています」

「なるほど」

「僕はそれを完遂することができるのでしょうか」

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