1-5
「そのスポットライトの外に絶対に出るな。いいな」
僕はその命令に従って身動き一つせずに前を見つめる。しかし、声の主は闇の中であり、正体を見ることはできない。
「私は羽角教団の教祖をしている枯芝 宗治郎(かれしば そうじろう)だ。できれば、神様と呼びたまえ」
随分と俗っぽいお願いをしてくるものだ、とは口が裂けても言えなかった。
スポットライトが広がっていく。
すると枯芝が静かに暗闇の中からその姿を出した。
白い着物に、胸の下あたりまで伸びた髪。
高下駄で僅かに見える足に毛はなかった。
表情は般若そのものだが、目だけは大きく愛くるしい小動物のようだった。
「君たちは、この羽角教団が借金で首が回らなくなっていることを聞きつけて叩きに来たのだろう。つまり思想連盟八夜教会の人間だな」
思想連盟八夜教会、とは何なのか。
小雀が片方の眉を上げて枯芝を睨んでいる。
この枯芝とかいう教祖、何か勘違いをしている。
「ふん、高校生だからと言って私は油断をしない。それに、どことなくガソスタに似ているその雰囲気も嫌いだ。是非、覚悟して頂きたい」
僕は教祖の丁寧な言葉の裏に秘められた因縁について何の興味もないため、表情も変えずにスルーした。
勘違いで話を進める様は、高校の生活指導を担当している男性教諭のようだった。
「確かに羽角教団は、この久十字路町に多くの厄災を運んできた。七つの区画が生まれる分断の切っ掛けを持ち込んだのは私たちだ。しかし、それは過去の話だ。今現在も七つの区画に分かれている原因に私たち羽角教団が関わっているということではない」
「ちょっと待てよ、そんな話を聞きに来たんじゃねぇんだよ。まずは、こっちの用事を聞けって」
小雀が手を前に出して、枯芝に向かって歩き出す。
その瞬間、ブザーが鳴り響いた。
僕と小雀は驚いてスポットライトの中心へと体を寄せる。
枯芝は、その光景が滑稽だったようで満足そうに頷きながら腕を組んでみせる。ますます、高校の生活指導を担当している男性教諭に見えた。
「君たちも含めて、この久十字路町では私たちのことを敵として認識したい者が多すぎるのだ。確かに問題が生まれた際に責任の所在を明らかにするのは非常に価値のある考え方であると思う。留飲も下がることだろう。だが、それによってしわ寄せを受けた者たちはどうなる。羽角教団は戦いの歴史の中では大砲、拳銃、ダイナマイトや爆弾、光線銃などを大量に売りさばいたという事実はある。だからこそ、それらの武器を今現在も回収しながら無駄な争いが生まれないよう平和の維持に取り組んでいる」
僕は枯芝の話に心の底から飽き飽きしていたものの拍手をした。
「そうか、分かってくれたかね」
「僕たちは思想連盟八夜教会の人間ではありません」
笑顔の僕。
苛立つ小雀。
驚いている枯芝。
「君たちは違うのか」
「違います」
「八夜教会の人間ではないのか」
「そう言っています」
「だとすると、何の用だ」
「完全なる球体を探しに来ました」
「あぁ、あれは盗まれたぞ」
あぁ、話を聞いてあげたというのに。
羽角教団などと名乗っていてオーパーツを管理する役割を担っているなら盗まれるなど言語道断だろう。
小雀が苛立ちを込めて床を蹴った。
「どうして、盗まれちまったんだよ」
「信者からはグリーンラビットが盗んだと聞いている」
「グリーンラビットって、なんだよ」
「知らないのか。まぁ無理もない。所詮は都市伝説クラスの存在だからな。緑色のウサギの着ぐるみに血まみれの釘付きバットを持って現れ、多くの人に傷を負わせながら目当てのものを奪う乱暴者だ」
「聞いた所でよくわかんねぇな」
「私も盗まれるまでは存在を信じていなかった」
僕はグリーンラビットについて動画サイトやSNSなどで見かけたことがあった。いわゆるネットミームという扱いをされていたように思う。
枯芝がため息をつく。
「グリーンラビットについては不明な点が多すぎるのだ。裏に運送会社や農家のスポンサーがいると聞くし意味が分からない」
兎にも角にも僕たちがここにいる意味はないようだ。次の区画に行くしかない。
枯芝は後ろ歩きで闇の中に溶け始める。急に教祖としての威厳を取り戻していくように見えた。
「完全なる球体は確かにオーパーツだが決して金銭的な価値が高いわけではない。何せ、あのオーパーツ自体は日本各地に存在しているからな。つまるところ皆が信じることで価値が生まれている」
「オーパーツの価値の維持には信仰が必要なのですね」
「オーパーツだけではない。この世のすべては信仰なのだ。私はこの羽角教団の教祖である訳だが、それ以上に一人の存在として信仰という心の動きを愛している。人が他の動物たちと一線を画すことのできる部分とは信仰ではないかと感じているからだ」
枯芝の姿が完全に見えなくなる。
僕は枯芝へ近づこうとスポットライトの外側に向かって歩き始める。
ブザーは鳴らない。
「何故、僕にそのことを教えたのですか」
「君はデッドバーストふれあい祭りのために、この場所に来たんだろう。私は、君がオーパーツの価値をどれだけ理解しているかなんて全く見当もつかない。だが君は集める役目を仰せつかった者として決意をその身に抱えているからこそ、ここに来たはずだ。そうだろう」
「はい。そう決めました」
「君の人生にとって、去年はやる意味がなかった。来年だって同じだ。今年だけの冒険。私は教祖としてもこの町で生きる者としても君のことを見守っているよ」
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