第7話 クラゲの衣装

「冨貴さん。ちなみにどんな衣装がいいとか希望はあるんですか?袖の長さとか、スカートなのかパンツなのか…とか。」


「うーん。そうですねえ。水族館ぽい感じがいいですね。」


なんて抽象的な。水族館ぽいのってどんなのだよ。


「っていうのは冗談で、袖に曲芸道具が引っかかると嫌なので、半袖もしくは長くて七分袖までがいいです。パンツかスカートかは問いませんが、動き回るのでタイトスカートは避けたいところですね。水族館というイメージなので、青とか水とかそういうイメージの色があればいいなーと思っています。」


冨貴さんは、あははと笑いながら説明した。

ちゃんと具体的な希望あるじゃないの!


「いつもお衣装はどちらで調達されているんですか?」

「いつもは、適当にネットで買ったり…簡単なものだと大手量販店でチャチャっと済ませちゃう感じです。ネットだと予想外の色や素材だったりして…。」


ああ、なんとなくわかる。

私もネットで生地を手配する時は気を使う。予想外の色や手触りだった、ってことはよくあるのだ。


「本当なら自分で作れたり、オーダーメイドなんて出来たら最高なんでしょうけど、そこまで時間も財力もありませんからね。」


そういえば、冨貴さんってお仕事は大道芸オンリーなのかって疑問があったことを思い出した。この機会に聞いてみよう。


「冨貴さんって、お仕事は大道芸オンリーなんですか?」

「ん?あー…大道芸と副業を少々。」

「副業?」

「はい。実は子供向け番組関係の仕事もしています。」


冨貴さんは少し照れくさそうに頬を赤らめた。


「すごいですね。テレビに出てらっしゃるんですか?」

「いえいえ、とんでもない。私自体は出演していません。どちらかといえば、師匠のアシスタントみたいなものですので。」

「師匠?」

「はい。私の曲芸の師匠です。その番組自体は放送時間も微妙なため、知る人ぞ知る番組みたいな感じなんですけど、師匠が子供達の前で大道芸を披露して子供達にも体験してもらうっていう番組です。」


そんな番組があるんだ。知らなかった。


「師匠は曲芸だけではなく、マジックや腹話術も得意ですから、回ごとに違う小技を仕込んでくるんですよ。私はそのアシスタントです。あとは番組スタッフさん達の手の回らないところをサポートしています。ADさんみたいなお仕事っていえばイメージしやすいですかね。」


へえ、冨貴さんってそんなお仕事もされているんだ。

なんだかあちこち走り回っている様子が目に浮かぶ。


「今日はそのお仕事は大丈夫なんですか?」

「はい。収録はまとめて何回分か撮ってしまいますからね。今日はお休みです。」

「そうですか。」

「だから今日こうやって桃子さんと会えてとっても嬉しいです。」


ニッコリ笑う冨貴さん。

その笑顔がキラキラ眩しくて、なんだかこちらが照れてしまう。

私は火照る頬をさまそうと両手で自分の頬を覆った。


「ああ、そういえば子供向けの王道番組ご存知ですか?うたのおねえさんがいるあれです。」


ああ、それなら幼少期に誰もが通る道だ。

私も幼い頃に見ていた。今どんなお姉さんがやっているのかは知らないけれど。


「はい、番組自体は私も幼少期に見ていたので。」

「そのお姉さんと随分前ですがテレビ局ですれ違いましてね。クラゲみたいな衣装を着ていて、すっごく可愛かったんですよ。動く度にクラゲがゴウンゴウンって廊下の壁にぶつかりそうでね。お姉さんはすみません、通りますー!って恥ずかしそうにしてましたけど。」


想像するとなんだか面白い。

そうか、子供向け番組の舞台裏ってそんな感じになっているんだ。

クラゲかぁ。水族館にもいるよね。私あまり水族館には行かないけど、よくふわふわと浮遊するクラゲを見ると癒されるって言うし…。


その時私はハッと思いついた。


「あ、そうだ!クラゲって良いアイディアだと思いませんか?水族館といっても幅広いので、イメージを絞った方が見つけやすいかも。」


「クラゲ…なるほど。その手がありましたね桃子さん。良いですね!クラゲっぽい衣装探しましょう!」


冨貴さんもなるほど!と手をポンと鳴らした。


クラゲっぽい衣装ってどこで手に入れようか。

普通の服屋では早々に見かけることがないような。

いや、今の季節だとちょっと透け感のある生地を使用している服とかはある…かな?


「じゃあ、あとはどのお店で見つけるかですけど…。とりあえず、冨貴さんがいつもいってるお店をぐるっと回りながら考えましょうか。」

「それが良いですね。行きましょう。」






目的の店は意外と近くにあり…そりゃ量販店だものいろんなところに店舗あるよね。


あっという間に目的地へ着いた。


「つきましたね。桃子さん足が痛かったり疲れたりはしていませんか?」

「全然大丈夫です。近かったので大した距離を歩いたわけでもないので、冨貴さんこそ大丈夫ですか?大きくて重い荷物持っていますし。」

「それは全然大丈夫。慣れっこですから。」


冨貴さんはヒョイと軽くジャンプをして肩から鞄をかけ直した。


「さて、クラゲ衣装を探しましょう。」

「そうですね。」



私と冨貴さんは店に大量に並んでいる服を見始めた。




30分後




「んー。これといってピンとくるものがないですね。」

「青とか水色の服はいっぱいあるんですけどね。」


理想の衣装は見つけることができず、私たちは腕を組んでうーんと唸った。


確かに色はある。でも衣装かと言われると、普通にその辺に散歩に行けそうな服なのだ。ショーで着るような印象ではない。まあ、それなりにストレッチが聞いて機動性が高そうで、七分丈っていう条件はクリアしているのだが…。


「桃子さん疲れたでしょう?衣装は適当にこのストレッチが効いたズボンと、このシャツとベスト合わせるので大丈夫ですよ。」


確かにその組み合わせも考えた。

機動性的には問題ない。冨貴さんが着たら似合うのも想像できる。

でも、これはステージに上がる衣装かというと、微妙だ。

言うなれば、ちょっとおしゃれな普段着というカテゴリー。


「休憩しませんか?」


冨貴さんの申し出はありがたいけど、なんとなく妥協したくない変な意地がある私。

でもここで店を何周しても答えは変わらないような気もする。


とりあえず休憩して立て直そう。


私は彼女の提案に応じることにした。


「そうですね、あそこのカフェで休憩しましょうか。」

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