第6話 どうしてここに

私は自分の頬をつねった。


痛い。


どうやら夢ではないようだ。


「桃子さんどうしたんですか?自分の頬をつねっちゃって。アザになったら大変ですよ。」

「どうしてここに冨貴さんがいるんですか?」

「そのセリフそのままお返ししちゃおうかな。どうしてこんな時間に桃子さんが公園にいるんですか?」


ふふッと笑う冨貴さん。


「仕事が少し片付いて…いや、片付いた訳ではないんですけど、上司命令で強制帰宅と言いますか。ふわあ…あ、すみません。あくびが。何言ってるかわかんないですよね。」


私は大欠伸をした。

自分でも何言ってるか支離滅裂でわからない。

こんなんじゃ冨貴さんだって困る。


「すみません。意味不明ですよね。」

「んー。私の推測だけど、夜通しお仕事をして、ひと段落ついたから帰宅許可がでた。って感じですかね?」


うそ。話が通じている!?


「はっはい。そんな感じです。」

「よかった。私探偵になれるかも。」


なんて言いながら冨貴さんはニコッと笑った。


「冨貴さんはどうしてここに?」

「大道芸の練習です。今新技を練習中なんですよ。」


冨貴さんの手をよく見れば、ボールが何個も握られている。


「すごいですね。」

「いえいえ。まだまだ未熟者ですので。来週の本番までにはもう少し精度を上げたいところです。」


来週の本番。どこでやるんだろう。私は純粋に興味が湧いた。


「どこでされるんですか?」

「お、興味あります?実はここなんですけど。」


冨貴さんはボールを床に置き、ポケットからスマホを取り出すとスッスと操作して、ある画面を私に見せた。


『水族館特設ステージ、大道芸ショー!』


あ、ここの水族館って確か最近リニューアルした水族館だっけ。

数日前にネットニュースで見た気がする。ここでショーをするなんて、冨貴さんって実はすごい人では。


「私以外にもいろんな大道芸人が来るんですよねー。水族館のオーナーさんが大道芸好きらしくて、せっかくならリニューアルイベントとしていろんな大道芸人を集めちゃおう!って思ったらしいですよ。ホームページで募集がかかっていたので、応募したら採用されちゃいいました!」


ふふッと笑う冨貴さん。その笑顔からとても楽しみな様子が伺える。


「すごいですね。」

「いえいえ、とんでもない。偶然かもしれませんし。」


冨貴さんはスマホをしまうと、さっき置いたボールを足で器用に拾い上げると、ポーンポーンと投げ出した。ボールは綺麗に円の軌道を描いて冨貴さんの手のひらに吸い込まれるように落ちていく。


「せっかく水族館のイベントなので、水族館らしさを出したいなーと思って、今青や水色のボールで練習しているんですよ。水中の泡ってイメージです!」


なるほど。そう言われるとそう思えるような気がする。


冨貴さんはボールを手に収めると、何か思いついたようにハッとした。


「そうだ!桃子さんってお洋服関係のお仕事でしたよね。パタンナーさんでしたっけ。」

「はい。そうですけど。」

「お洋服に関しては詳しいと!」

「こっ構造に関しては詳しいかもしれませんけど。」

「そんな桃子さんにお願いがあるんです。」

「はい!?」


冨貴さんは両手からボールをボトっと床に落として、空いた手で私の両手を握った。


「水族館のショーで着る衣装っぽい服を選ぶの手伝ってくれませんか?」

「はい!?!?」


ちょっと待って。私はパターンを組んだり、縫製をしたりするのは得意だがファッションセンスに関しては自信がない。


「ちょちょちょっと待ってください。私ファッションセンスないですよ!?デザイナーではありませんし!パタンナーです!」

「でもお洋服には詳しいですよね。見た目だけオシャレにしても、実際にパフォーマンスをする上で、支障をきたすような服では意味がないです。動きや可動性なども考慮した衣装を選ぶとすれば桃子さんの助言があったら最高だと思ったんです。」


うっ、冨貴さんの目がキラキラしている。


あまりの唐突の出来事に私もさっきまで眠たかったのに、今じゃはっきり目が覚めてしまった。


「お願いします!桃子さん。ランチご馳走しますから!なんなら晩御飯も!」

「い、いえ、私にお役に立てるかどうか。」

「立てるに決まってます。私の直感がそう言っていますから。」


100点満点の笑みを浮かべた冨貴さんはまるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。


「本当に当てにならないと思いますが、それでもよければ…。」

「わー!嬉しいです。桃子さんありがとうございます!そうと決まれば行きましょう!」


冨貴さんはさっきまで練習で広げていた曲芸の道具たちをテキパキと片付けた。

そして相変わらず重い鞄を肩に背負うと、片手を私に差し出した。


「さあ行きましょう!」


え、これって手を繋ごうってこと!?

いやいやいや、子供じゃあるまいし。私成人した大人ですよ!?


手を出すのを戸惑っていたら、冨貴さんは頬を赤らめて手を引っ込めた。


「すっすみません。いつも公園では小さな子を相手にしていることが多いので、つい…。」


恥ずかしがる冨貴さんの姿がなんだかとても可愛く思えてしまった私は、今度は自分の手を差し出した。


「いえ、行きましょう。」


冨貴さんは一瞬驚いた顔をしたが、その後すぐに優しげな笑みを浮かべた。


「はい。」

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