第3話 期間限定に弱い!

「そうだ!良かったら行きたいお店があるんですけど、そこにしてもいいですか?最近できたカフェなんですけど、夜のメニューも充実してるみたいで。知り合いがおすすめしてくれたんです。ここから割と近いんですけど。」


冨貴さんは鞄からスマホを取り出すと、あるお店のページを見せてくれた。

なるほど。大通に面しているカフェで、見た目が綺麗。それに明るい場所の立地だから女性二人でも夜道の心配もあまり無さそうだ。


「是非行ってみたいです。」

「良かった!では行きましょう!」


よっこいしょ、と冨貴さんは重い鞄をもう一度肩にかけ直すと、私と並んで歩き出した。


「重そうですね。鞄。」

「まあ、ジャグリング道具っていうのは結構重めのものが多いですからねえ。」

「軽々投げているので、先ほどのボールもそうですが、もっと軽いイメージでした。」

「あははっ。大道芸は外で披露することが多いので風に流されないように重め設計になっているんですよ。」

「なるほど。勉強になります。」

「ふふっ。興味を持ってもらえて嬉しいです。」


冨貴さんはニコニコしながら歩いている。歩くたびに長いポニーテールがサラサラと揺れた。


「大道芸をやられて長いんですか?」

「そうですねぇ。ほどほどに長い感じですかね。10年くらいかなぁ。」

「それは程々と言わず長いというのではないでしょうか。」

「かもしれません。」


そんな他愛のない話をして10分ほど歩いたところで、そのカフェを見つけた。


「あ、あそこですね。」

「そうですね。空いてるといいですね。」

「ここはオフィス街なので、昼間のランチタイムは混み合うと思いますけど、夜は意外と空いてるとお思いますよ。それに今日は休日だから尚更ですね。」


冨貴さんという通り、店に到着すると、お客さんはそこまで多くなく、すぐに席に案内された。お店の中は、おしゃれなゆったりとした音楽が流れていてなかなかに居心地が良い。

今度から仕事終わりに寄ろうかな、と思った。


「あ、メニュー表はこれですね。桃子さん、どれにしましょうか?私はこのサーモンのサンドか、ベーコンとほうれん草のパスタで悩んでいます!でも最近暑くなってきたから、このミニトマトとエビの冷製パスタも捨てがたい!」


冨貴さんの目がキラキラしている。食べること好きなのかな?

私もメニュー表に目を落とすと、確かに…どのメニューも美味しそうだ。


腕を組んでうーんと唸っている冨貴さん。

悩んでいるその表情がやけに真剣だ。整っている顔立ちも相まって、まるで刑事ドラマのワンシーンのようだが、今ここで行われているのは単純なメニューの選択である。


「冨貴さん、決まりそうですか?」

「桃子さんは決まりました?」

「はい。えーっと、このミニトマトとエビの冷製パスタにしようかと。」

「それ美味しそうですもんねー!」


冨貴さんはまだ悩んでいるようだったが、決心がついたのか大きく頷いた。


「よし、じゃあ私はこのゴマと冷しゃぶと夏野菜のさっぱりパスタにします!」

「さっきまで悩んでいたものと全然違うものにしたんですね。」

「あはは…お恥ずかしながら決まりそうに無かったので、期間限定のおすすめにしてみました。」


はにかみつつ笑う冨貴さんの手には、メニュー表とは別の『期間限定おすすめメニュー』があった。


「私結構期間限定とか新作に弱いんですよね。この前もジャグリングボールの新作カラーが出たからって買っちゃいまして。家に段ボールいっぱいのボールが既にあるのに。」


冨貴さんが手で表す段ボールのサイズはそこそこ大きそうだった。


「期間限定って言われると気になっちゃうの何だかわかります。」

「わかっていただけますか!いやぁ、よく知り合いには『また期間限定に踊らされているのか』って苦笑されてるので。まあ、その人ここの店を教えてくれた人なんですけどね。」


苦笑しつつ、冨貴さんは店員を呼んだ。


「注文お願いします。」


程なくして店員が来ると、冨貴さんはスラスラと店員に私の分まで注文してくれた。


「あ、桃子さん。飲み物どうします?」

「えっと、ホットの紅茶で。」

「じゃあ、私はホットコーヒーで。食後でいい?」


冨貴さんが私を見る。私が頷くのを確認すると、店員に向き直った。


「お待たせしてすみません。飲み物は食後でお願いします。」


ニッコリと笑った。

その笑顔は、先ほど子供達に向けていた大道芸の時の笑顔そのもので、店員さんはほんのり頬を赤く染めていた。


なんていうか、冨貴さんってメニュー決める時もそうだけど真剣な時はすごくかっこいい顔…例えるなら、他を寄せ付けない圧倒的に賢いエリートって感じの雰囲気を出しているのに、話したり笑ったりすると一気に親しみのあるお茶の間のアイドルのようになる。


不思議な人だな。


「桃子さん。」

「はっはい。」

「どうしたんですか。ぼーっとして。」

「いえ、少し考え事を。」

「お仕事のお悩みですか?」

「いえ、冨貴さんの…って何でもないです!」

「私?なになに?気になりますねえ。」


ニシシ、と笑う冨貴さんは次はいたずらっ子のようだ。

表情がコロコロ変わる冨貴さんはどれが本当の冨貴さんなのか混乱する。


「冨貴さんって道化師みたいですよね。あ、これは決して貶しているわけではなくて、真剣になったり、ニコニコしたり、すごくエンターテイナーだなーと…。」


ううっ、我ながら初対面の人になんてこと言っているんだ。


「大道芸をやっている身からすれば、道化師って言われて嬉しいのでそんなに困った顔しないでください。ほら、大道芸といえばピエロでしょ?ピエロと道化師は似たようなものですからね。」

「そうですか?」

「ええ。」


ホッと私が胸を撫で下ろすと、冨貴さんはフッと微笑んだ。


「せっかくなのでご飯が来るまで桃子さんの質問に何でも答えちゃいますよ。さあ、どうぞ!」


いきなりどうぞって言われても。えーっと。


「あの。さっき言ってたジャグリングボールの新作って何色だったんですか?」


咄嗟に出た質問がこれかよ私!

もっと聞くこといっぱいあるでしょうが。

年齢とか職業とか、趣味とか、住んでる場所とか…ってこの質問って何だか合コンみたいだな。


私の質問が予想外だったのか、冨貴さんはきょとんとした顔をしている。


「変な質問すみません。」

「いえいえ、意外だったので私も驚いちゃいました。では質問に答えちゃいましょう!」


冨貴さんはニッコリ笑った。


「桃子さんのお名前にぴったりの、可愛い桃色ですよ。」

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