第2話 百瀬桃子

「お姉さんはお裁縫の仕事をしているんですか?」

「え、どうしてそう思うんですか?」

「手つきがとっても慣れているので。あ、でも趣味がお裁縫ってケースもあるか。どっちにしろ尊敬します。」


ふふッと私のそばで作業を見守っている彼女。

まるでさっきまでの大道芸を見て目をキラキラさせていた子ども達のような視線を私に向けてきた。


なんだか小恥ずかしくて私は手元に集中した。

手がいつもの三倍は早く動いていたと思う。


「できました。しっかり目に縫っておいたのでもう穴は開かないと思います。」

「おー!ありがとうございます!」


彼女は私からジャケットを受け取ると早速ポケットに手を突っ込んだ。


「わー!頑丈になってる上に、縫い目が全然わからないですね。すごい!」


彼女はポケットから手を出すと、パチパチと大袈裟に拍手をした。


「恥ずかしいので、そこまで大袈裟にしないでください!」

「どうしてですか?私は喜びを体現しているだけですよ?日が高かったらこのまま感動の芸を見せたいところですね。」


感動の芸ってなんだ…。


「では私はこれで。」

「ああ、待ってください。お礼をさせてください。あ、この後時間あります?ご飯でもどうですか…ってナンパみたいで嫌でしたかね?」


彼女はあははと笑った。積極的なのか消極的なのかよくわからない。


「ああ、そうだ!そういえばまだ名前を名乗ってませんでしたね。失礼しました。そりゃ不信感抱かせちゃいますよね。私の名前はフッキー。」


「外国人!?」


思わずツッコミを入れてしまった。


「という名前で、大道芸をやっている天野冨貴(あまの ふき)って言います。」


にこっと笑う彼女。

そうだよな、こんながっつり日本人な見た目で本名がフッキーなわけないよね。


変な勘違いをしてしまって恥ずかしい。


「呼び方はフッキーでも、天野でも、冨貴でも、なんでもいいですよ。」

「で、では天野さんで。」

「そしてできれば冨貴って呼んでほしいかな。」


なんでも良いってさっき言いませんでした?

からかっているのか?彼女がよくわからない。


「じゃあ、冨貴さん。」

「はい。冨貴さんです。ではあなたの名前は?」


私は思わず目を逸らした。


「あれ?名乗りたくなかったですかね?」


しょぼん、と少し残念そうにする冨貴さん。


「いえ、その…。」


名乗ることには問題がない。というか相手も名乗ってくれているし、悪い人じゃなさそうだから、礼儀として名乗るべきなんだろうけど。


私にはちょっとした懸念点がある。


それは私の名前がちょっとあれだから。


「名前が…笑わないでくれます?」


彼女、冨貴さんの頭にクエスチョンマークが浮かんでいる。


「人の名前を笑うなんてことしませんけど?そんなに変わったお名前なんですか?あ、田中ピュアキュートフワラーとか、鈴木キャンディクッキーサイダーとか、そんな感じですか?」


いやいやいや、そこまで変わった名前ではないよ流石に!


「百瀬桃子(ももせ ももこ)です…。『も』ばっかりで変ですよね。芸人さんのコンビ名みたいですし。」


私が苦笑いすると、彼女は目をキラキラさせた。


「百瀬桃子さん!最高の名前じゃないですか!人に覚えてもらいやすいですし、大道芸をやっている身としては羨ましいです。それに可愛らしいお名前ですよ。」


いいなぁーという彼女の口ぶりからはお世辞な感じがしない。


「そんなふうに言われたのは初めてです。」

「そうですか?私は桃子さんのお名前大好きですよ。なんなら桃子さんのお名前大好きファンクラブの会員番号1になります。」

「なんですかそのファンクラブ。」

「作っちゃいます?」

「作りません。」


なんだか変な人だ。

綺麗で、美人なのに発せられる言葉は独特の感性で、今まで出会ってきた人とはタイプが違う。


私の方が彼女に興味を持ってしまったかもしれない。


「あの、ご飯ぜひご一緒してもいいですか?」

「もちろん!いきましょう!」


私は彼女、冨貴さんと一緒に夕飯を食べるため公園の出口へと並んで歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る