大道芸×パタンナー【社会人百合】

茶葉まこと

第1話 大道芸とボール

「疲れた。」


休日出勤終わりの帰り道。夏も近づいてきた初夏なので時間は18時を回っているが、日はまだ若干高い。


私はいつも通りの帰り道を歩いていた。

いつも通る公園は休日ということもあり親子連れの姿が目立つ。

今日の晩ご飯はは何がいい?カレー!なんて元気いっぱいの様子は微笑ましいとともに少しだけ虚しさを感じる。


私の今日の晩ご飯はは何にしようかな、いや作るのめんどくさいから初夏だけど水炊きにしてしまおうか。楽だし。


そんなことを考えながら歩いていると、ふと歓声が耳に入った。


「お姉ちゃんすごい!」

「ふっふっふ。そろそろ遅くなってきたから次の技で最後ね!」


歓声の方へ目をやると、広場の隅で小さな人だかりができていた。

その中心にいるのは、スラリとした女性。サラサラのポニーテールが動くたびに揺れている。


彼女は大きなカバンからカラフルなボールを取り出すと、投げてくるくると器用に回転させ始めた。


1、2、3、何個投げているんだろう。5個くらい?

くるくると綺麗な軌道を描いて投げられるボール。


彼女は「いつもより多めに回しておりますー!」なんて元気な声をあげながら子ども達の拍手に包まれていた。


クライマックスです!なんて言いながら彼女は投げたボールを次々とキャッチしていく。そしてサーカスのようにお辞儀をした。


「じゃあ、みんな気をつけて帰ってね。」


ひらひらと手を振る彼女。

私は思わずじっと見つめてしまっていた。


彼女は、子どもたちがいなくなると、カバンにボールを片付け始めた。

その時だった、一つのボールが鞄から転がり落ちた。

彼女は気づいていないのか、そのまま鞄の紐を肩にかけて歩き出そうとする。


私は慌ててボールを拾った。


あ、軽そうに投げてたけど、このボールって意外と重いんだ。

ってそんなこと考えてる場合じゃない。届けないと!


「あのっ!ボール落としましたよ。」


「え?あ!すみません!ありがとうございます!いやー助かりました。」


彼女はくるりと振り向いて私にペコリとお辞儀をした。

綺麗な髪がするりと肩から落ちた。


私は手を伸ばしてボールを彼女に渡そうとした。

彼女はそれを受け取ると


「あ、ちょっと見ていてくださいね。」


と言い、ボールを高く投げた。

そしてくるりと回ってジャケットのポケットを広げると、ボールは綺麗な軌道を描いて、ポケットに吸い込まれていくように、ぽすんと納まった。


「すごい。」


私は思わず拍手をしてしまった。


「いえいえ、せっかくなのでお礼も兼ねて楽しんでもらおうかと。」


ふふッと笑ったのも束の間。

彼女のポケットからボスン、とやや重めの音を立ててボールが地面に落ちた。


「あ。」


彼女はポケットに手を突っ込むと、ポケットの底から手が出てしまっている。


「あーあ!そういえばこのジャケットのポケット、最近糸がほつれてきてるの忘れてた!いやー、かっこよく決めたところだったのに、恥ずかしいところを見られちゃいましたね。」


彼女は眉をハの字にして笑って、落ちたボールを拾った。


私は自分の鞄をゴソゴソと漁ってあるものを取り出した。


「あの、私ソーイングセット持っているので、良かったら縫っちゃいましょうか?」

「え?」


彼女はきょとんとしている。

まずい、変なこと言ったか。そもそもいきなり知らない人に服を縫いますなんて言われたら普通変な人だって思うよね?引かれたかな。


「……って言ってみたり…。」


はは、と私は誤魔化しつつ笑ってみるが、彼女は目をキラキラさせていた。


「すごい!お姉さん縫い物できるんですか?私は縫い物は苦手なので助かります。お願いしてもいいですか?」


言いながら彼女はすでにジャケットを脱いでいた。

ジャケットの下には品の良さそうなブラウスを着ていた。


「え、えっと、私でよければ。」

「お願いします。あ、でも空が暗くなってきたので難しいですかね?」

「大丈夫です。まだ少し明るいですし、このくらいなら5分もあれば十分なので。」

「5分で!?すごいですね。」


彼女はパチパチと拍手をした。

公園内の人がチラチラと私たちの方を見ているのが恥ずかしい。


「で、ではジャケットをお借りしますね。」

「どうぞどうぞ。」


私は彼女からジャケットを受け取った。

ジャケットからはすごく良い香りがした。



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