第5話 私は獄中で小説家になる夢を抱いた

 私は知らない間に、詐欺的行為に加担してしまったのである。 

 SNS上で映画のストーリーを短縮して、それを動画にアップするという行為をしたら、十万円頂けるという宣伝にまんまと乗ってしまった。

 無知蒙昧な私は、単なる映画の番組宣伝だと思い込み、十万円と引き換えに逮捕されてしまった。

 しかし、私は獄中でなんと、小説を書くことを思い付いたのである。


 私ってどうしてこう不運がつきまとうのだろう。

 このことも人生勉強、若いときの苦労は買ってでもしろというが、もしかしてこのことで、私は自分のエゴイズムの角が取れ、丸い大人になっていくのかもしれないな。と自分を納得させるしかなかった。

 そんなことを考えながら、ネットサーフィンをしていると、以前私が勤めていたカフェのオーナーが逮捕されたというニュースが飛び込んできた。

 なんでも、外国人不労労働者ー要するに雇ってはならない外国人ばかりを雇い入れていたのが、警察に発覚したという。

 ネットには、オーナーが客に向かって土下座する様子もアップされていた。

 要するに、私のパターンと同じ、いいがかりや脅しまがいの文句をつけ、まともに給料を払わなかったので、日本人は退店していったのであろう。

 まあ、バックには反社がついているのは容易に想像がつくが、オーナーはその餌食になったのであろう。

 悪党の罠にはまったオーナーに対して、私は少々哀れな気がした。


 刑務所のなかの人間関係は、難しいものだった。

 こいつとだけは、同じ空気を吸いたくないと思う奴と、同室になることがしばしばある。

 また刑務所で私を陥れた女もいた。

 食事中、私のテーブルに別の人のおかず一品が置いてあった。

 第三者から見ると、このことはあたかも私がそのおかずを、盗んだように思われる行為である。

 このことは当然、懲罰対象になり、独居房に入れられたときは、ホント辛かった。

 トイレもお風呂も自由がきかず、食事は紙カップに雑炊のようなものが入っているだけ。

 気がつけば、壁に向かって独り言を言う癖がついてしまっていた。

 そんなとき、思い出したのは調理師学校で知り合った、中島氏の私小説だった。

 私も書いてみたいと思ったや否や、ストーリーを考え始めていた。

 そして、ノートに日記風にストーリーを描くようになっていた。

 私は人と波風たてないように、大人しく振舞っていた。

 刑務所内では、盆踊りがあり、そのときだけは口紅をつけることの赦される絶好のチャンスだったので、私は薄いリップクリームを塗った。

 私は自分の心情をノートに書き溜めていた。

 このことが、あと一年余りに残された刑務所生活での唯一の救いだった。

 のちにわかったことであるが、私のような女性受刑者は全員が男絡み、半数は既婚者だった。

 なかには、出所しても身元引受人もいない女性もいた。

 しかし、我が子が家族に内緒でこっそりと面会に来てくれるのが救いという女性もいた。子供と一緒に差し入れのお菓子を食べている光景は、ほほえましいほど親子愛を感じさせるものだった。

 出所するとき、刑務官から

「なんとかなると思えば、なんとかなるものよ。

 それと、絶対に後ろを振り返っちゃダメ。

 一度でも振り返って、刑務所の門を見た人は、また再犯する危険性があるから」

 そういえば、私はいつか読んだ旧約聖書を思い出した。

 ロト夫妻がソドムの町という極めて治安の悪い町を、逃げ出す条件として、神からひとつの条件が与えられた。

「絶対に、後ろを振り返ってはいけない」

 ロトは神の言いつけを守ったが、ロトの妻はそれを破り、後ろを振り返ってしまった。すると、たちまちロトの妻は塩の柱となった。


 刑務所から出所した私は、母親に身元引受人になってもらって、母親の経営する食堂の厨房で働くことになった。

 幸い、調理師免許を取得していたので、どの料理もスムーズに覚えることができた。

 味付けも、隠し味に生姜や粉チーズを入れることを研究したので、美味しいと言ってくれるリピーター客も増えてきた。

 また、仕上げに酢を二、三滴いれると、味がしまるということも発見した。

 できるだけ、顔がささないように、客席に出ないようにしていたが、ある日、想定外のことが起った。


 ある日、おかずが売り切れになったので、カウンターにおかずを並べにいくと、なんとそこには中島氏が客として座っていた。

 中島氏の体つきは、いかにも肉体労働をしているかのように筋肉がガッチリついていた。

 私はできるだけ、気づかないフリをしていたが、中島氏の方から

「理沙ちゃんだろう。覚えてる? 僕、調理師学校時代の中島だよ」

 中島氏は、調理師学校では筆記試験は席次が一番であったが、残念ながら就職には恵まれなかった。

 調理師学校は、二十五歳までの男子なら就職は恵まれるが、それ以外の人、特に女子は就職には恵まれないという。

 中島氏も例外ではなかった。


 私はできるだけ、波風をたたないように、目を伏せ小声で

「はい、そうです」と答えた。

 中島氏は、かすかな笑顔を浮かべながら

「久しぶりだね。あの頃より落ち着いた感じになってきたね」

 そりゃそうだろう。

 世間知らずだったギャルから私は、世間の辛酸をなめて、元のように無邪気な私ではなくなったのである。

 かと言って、悲観的な暗い顔をしていると、世間は相手にしてくれない。

 できるだけ明るく振舞い、明瞭に「はい、はい」と返事をしなければ、やましさを背負った暗い女性に思われてしまう。

 私は、二度と女性受刑者にはなりたくなかった。


 類は友を呼ぶ、似た者同志というが、悪党というのは、私のように人の弱みに付け込み、また悪の道に誘おうとする。

 女性、いやもうこの頃は男性もそうであるが、売春歴、前科歴のある人を、また悪の道に引きずり込み、そこから甘い汁を吸おうとする悪党は存在する。

 ちょうど、風俗のスカウトマンのように、風俗嬢から給料の一割をバックマージンとして受け取り、それにより、風俗嬢を辞められないように追い込むというパターンである。

 私はそのような悪党の餌食になってたまるか。

 私は今、母親と共に第二の人生を歩みかけている真っ最中である。


 私は中島氏に、お世辞混じりに聞いてみた。

「中島さんって、調理師学校では、トップの成績の秀才だったじゃない。

 そりゃそうだ。だって、教師の話をボイスレコーダーで録音するほど、熱心だったものね

 それを生かして就職なさったのかな?」

 中島氏は、軽い笑いを浮かべながら

「結局、僕は学校からのあっせんで就職することはできなかった。

 しかし、調理師の免状を生かして、身内と一緒に家の玄関を改造して、たこ焼きもどき屋をしているんだ。

 といっても、実質は身内に任せっきりだけどね。

 高校生以下には、一割引きにしてるんだ。このことは、利益度外視だよ」

 私は感心した。

「じゃあ、中島さんは、ティーンエイジャーのお助けマンというわけね。

 しかし、子供を助けるということは、その親を助け、しいては地域環境を助けるということにもなるんですよね」

 中島氏は、少し深刻な顔をして答えた。

「僕みたいな世間ズレしたおじさんはそうでもないけれど、高校生以下の子は、愛想のいい人が、自分を愛してくれる善人だと思い込んでしまうケースが多い。

 残念ながら、愛想のいい大人にだまされる子は、昔も今もあとを絶たない。

 だから僕は、愛想の代わりにたこ焼き、いや正確にいえばたこもどき焼きをサービスしてるんだ。

 たこもどき焼きというのは、たこの代わりにたこ風味のせんべいを細かく砕いたものを生地にして、中身はたこの代わりに、いか風味の天かすを入れてるんだ。

 だから値段は、たこ焼きの半分なんだよ」

 私は思わず

「うわっ、すごくリーズナブル。中島さんってアイディアマンなんですね」

 中島氏は、苦笑しながら

「僕は、単にたこ焼きを買う金がなかったから、たこ焼きもどきを工夫したにすぎない。僕の貧乏体験が、このような想像を産んだんだよ」



 

 

 


 

 

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