第3話

 数週間が経過した。日が経つにつれ、生徒は落ち着かない様子になってきた。


 いよいよ来週から、学園祭が始まるからだ。


 といっても、来週から始まるのは準備期間であって、実際に開催されるのはもう少しあとになるが。


 しかし、学校という白紙のキャンバスに、普段することのできない華やかで、さらに学生らしさが残る色を付け足すという行為に、心躍らぬ人はいないであろう。


 例に漏れず、唯と凪のクラスもその時期が近づくにつれ、だんだんと学園祭の話で盛り上がりを見せ始めていた。


 しかし、この日の6限目は一段と騒がしかった。


「それじゃあ、あとは学級委員頼むぞ〜」


 そう言って担任は、クラスの端にある椅子に腰を下ろす。


 そう、出し物決めである。


 準備すらも楽しい学園祭で、一際荒れるフェーズであろう。


 食べ物系統で行くもよし、ゲームで行くもよし。魅力あふれる出し物から、誰も思いつかないような奇抜な出し物まで。


 そんな中から1つに絞るというのはなかなか厳しいものであろう。


 生徒と同じく楽しみに待っているのか、さんさんと降り注ぐ光と美しいハーモニーを奏でる小鳥のさえずりに包まれながら、学級委員の凪は教卓へと向かった。


 先程までの喧騒とは裏腹に、教室は静寂に包まれていた。


 だが、去年を経験した彼らには、このあと何が起こるか分かっていた。


「──……それじゃ、早速始めるよ?」


 普段の爽やかな笑みとは違う、ニヤリと笑う凪に皆が息を呑む。


 凪は、一度深く呼吸をし。


「2年A組、出し物決めを始めまーす!」


「うおおおおおお!!!」「たこ焼き! 俺たこ焼きやりてえ!」「いやいや、やっぱお化け屋敷だろ?!」「いーや、パンケーキやさんやろーよ!」


 聖徳太子でも不可能なほどの発言量に教室が包まれる。


「まぁまぁ、落ち着きなされ。今回はひとまず、全員の意見を聞こうと思うんだ。一旦出したほうが分かりやすいしね」


 クラスの中心的存在を担う凪の言葉に、仲間たちは納得の意を示す。


 そうして、廊下側の先頭から順に意見を聞いていく。


 いろいろ意見が飛び交い、面白おかしく事態が進む中、唯は気分が悪くなっていくのを感じた。


 そして、その原因にも心当たりがあった。


 ──3年前のことだった。




 夏季休暇が終わり、中学生活もいよいよ後半戦へと差し掛かる。


 クラスの友達と共に中間考査を乗り越えた唯は、学級委員として、教卓の前に立っていた。


「それじゃ、みんな! うちのクラスの出し物決めてくよーっ!」


 小鳥以外にも時期外れな蝉といった生き物が合唱をする中、幼さの残る笑顔で唯はクラスに呼びかける。


 そんな唯の声に答えるかのように、クラスメイトがどんどん自分の意見を言っていく。


「わわっ! そんな一斉に言わないで〜!」


 クラスの意見をまとめた結果、ピザトースト屋とアミューズメントパーク風の出し物が残った。


 どちらも同数近い票が集められ、さらに男女までも分かれてしまった。


 どちらも譲りたくないようで、事態は一向に進展しない。


「う〜ん……ならさ! それぞれが『こんなところがいいー!』とか『こっちの方がこれこれだー!』みたいな意見にまとめて、より先生の心を動かした方が勝ち! みたいなのはどーお?」


 クラスの人たちも決断の方法に困っていたようで、唯の提案に頷いてくれる。


 翌日。ピザトースト屋をすることになった。


 どちらの主張もよかったが、ピザトースト派の男子は質と量がより優れていた。この熱量に押され、女子も渋々ピザトーストを選んでくれた。


 喧嘩にならなくてよかったな、と唯はひとりでに感心しつつ、このことを生徒会に提出した。


 生徒会から帰ってきた返事は、ノー、だった。


 理由としては、飲食店の人気が高いから、毎年数を制限しているらしく、この年は既に規定数に達していたというものだった。


 唯はクラスの男子には申し訳なく思いつつも、これ以上クラスの期待に答えられないのはよくないと思い、アミューズメントパーク風の出し物で再提出をした。


 昼休み、そのことをクラスに伝えると、数人の男子が見ただけで分かるほど機嫌を損ねていた。


 大量の時間をかけてスピーチ原稿を書いてきた男子たちだった。


 唯は誠心誠意、謝罪の言葉を伝えたアミューズメントパーク風の出し物は、可能な限り望みを聞くとも約束した。


 しかし、男子たちがイライラしていたのは、そんなことではなかった。


 女子派の意見であった出し物を、女子の唯もやりたかったのではないか? 1日時間をおいたのは、飲食店が通らないようにわざとしたものではないのか?


 ちょうどその頃からだった。


 唯の周りで奇妙なことが起きはじめていた。その代表例として、唯の私物の紛失が続いたことだった。


 たまたま偶然が重なっただけだと誰もが思っていたが、日が経つにつれ徐々にブレーキが壊れていった。



 そのわずか2週間後。唯は不登校になった。

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