キリエ編 プロローグ「キリエ大神官の足跡1 ユーティス島の過去」

ユーティス島後日談 キリエ編



この記録は、賢神キルヒアに愛されたキリエ大神官の足跡を記したものである。


アルフレイム大陸東部ランドール地方の鮮血海〈霧の海域〉にあるユーティス島には、魔剣があった。魔剣は〈大破局〉以前のユーティス島を治めるユーティス王国にて、発見された。ユーティス王国は、魂に穢れを持つものを支配下に置くことができる、という能力に目をつけ、未だ島に潜伏していた蛮族を捜索して捕縛し、有用な奴隷とした。

その魔剣の能力を調べて行くうちに、その者の魂に作用して、その者の能力を飛躍的に上昇させる能力を発見する。更なる拡大を目指していたユーティス王国は、ルーンフォークの製造技術にその能力を利用して、恐るべき能力を有した人工生命体を作り出した。

新たな生命の創造の成功に狂喜したユーティス王国は、当時ほとんど伝説として語られていた上位蛮族〈ディアボロ〉を目指して、更なる人工生命体の開発を進めた。

もはやその頃には、〈支配の結晶剣〉と称されるかの魔剣の支配に、ユーティス王国は侵されていたのかもしれない。

〈ディアボロ:マンメイド〉計画と称されたその研究は邪悪で非道なるものであった。ルーンフォークを製造するには、少量の人族の髪や爪や皮膚片などの素材を〈ジェネレーター〉に投入する必要があることは知られているが、ユーティス王国はあろうことか、その素材に穢れを有した人族を使用した。そしてついに〈ディアボロ:マンメイド〉は完成することとなるが、その時の素材となったのは、なんと生きたナイトメアの少年だったという。


かくて〈ディアボロ:マンメイド〉という最強の生命体を得たユーティス王国であったが、その魔剣の真なる目的を知る者はいなかった。

魔剣は第二の剣イグニスそのものであった。

魔剣は強者を求めていた。それこそ魔剣自らの、穢れを持つ者を支配する能力を発揮するにふさわしい者を。そしてその願いが果たされた時、魔剣はささやいた。「お前は世界を手にする力を得た。お前を苦しめ虐げた者一切を意のままにする力を。」

その日、ユーティス島は闇に覆われた。


その時の光景を、キリエ大神官は〈奈落の魔域〉の中で見た。あれこそが人族の破滅であり、ユーティスの犯した罪なのだと。

魔剣によって支配され、かつその力を最大限まで引き出された蛮族どもは、目につく人族を片っ端から襲った。そして魔剣を手にした〈ディアボロ:マンメイド〉は、自らをこの姿に変えた憎き敵であるユーティス国王の元へ向かった。


狂気に堕ちたユーティス王国で、最も善良な心を持った第二王子パトリック・ロードラント・ユーティスは、王を助けるべく、ユーティス王国に伝わる無形の魔剣〈無垢の炎〉を見にまとい、信頼できる近衛たちを連れて王城へ向かった。しかし、復讐に燃える〈ディアボロ:マンメイド〉は、王子の眼前で王を殺し、王子にも瀕死の重傷を負わせた。近衛たちは最後の希望を残すため、王子を秘密の隠れ里に逃し、その魂を残したまま、ルーンフォークとして復活させるため、王子を〈転生ジェネレーター〉に安置した。後にユーティスの民と呼ばれるルーンフォークの一族は、こうして来る復活のため、王子の雪辱を果たすため、日々を耐え忍ぶこととなる。


かくして滅びたユーティス王国だったが、ことランドール地方に置いては一つ幸運なことがあった。それは、魔剣の叛逆と時を同じくして、かの大厄災〈大破局〉が勃発し、ユーティス島は、発生した〈奈落の魔域〉の影響により常に深い霧に包まれることとなった。その霧の範囲は広大で、かの魔剣でさえもランドール地方本土までたどり着くことはできなかった。もし〈ディアボロ:マンメイド〉が本土まで飛来していたとしたら、魔剣を持った蛮族の王が支配する土地となっていたことであろう。


島に生活していたあらゆる生命を滅ぼした魔剣は、ついに目的を失った。そして魔剣は気がつくこととなる、〈ディアボロ:マンメイド〉の肉体が回復しないことに。実験によって無理やり作られた身体は神々と世界の理に見放されていたのだ。力を振るえば振るうほどにその身の限界が近づいてくる。まだ身が朽ちるには遠いものの、ほんの少しずつではあるが、その身は徐々に朽ちて行く。その隙を見逃さなかった者がいた。

森に潜んでその機を待っていた善良な王子の近衛の一団が、かつての魔剣の研究所の奥地に〈ディアボロ:マンメイド〉を封印することを試みた。弱って行く身とはいえ、その力は恐ろしく、少なくない犠牲が出た。しかし、指揮をとっていたティエンスであるアスピスが、その身に魔剣の力を受けながらも、封印することに成功した。王子と同盟関係にあったアルボルの民に研究所一帯の管理を任せ、アスピスは自らの愛する魔導機と共に眠りについた。


封印された魔剣は悔しがったが、なお心の野望の炎が消えることはなかった。この〈ディアボロ:マンメイド〉の肉体は持たないだろうが、いつの日か必ず我が力を求めてやってくる者がいる。それまでじっくりと待とうではないか。幸いこの研究所の設備はまだ生きている。少しずつ魔力を通していって、いつの日か再びこの島に厄災をもたらそうではないか。

こうして、魔剣と〈ディアボロ:マンメイド〉は、研究所の奥地で次なる布石を準備し始めた。そして今度はあの王子の肉体を我が物にしてやろうと。


そして〈大破局〉が終わりを迎え、300年が経過した後、ついに王子が復活を果たす。その王子としての記憶を取り戻し、再び〈無垢の炎〉を手にして魔剣に挑むまで、その王子はパロと名付けられ、育てられた。そして時を同じくして、魔剣も動き始める。ユーティス島各地に散らばった研究所の遺跡を再起動させ、人工生命体の兵隊を生産し始めた。300年もの年月と、島を横断する大渓谷によって交流の阻まれたアルボルとルーンフォークの民は、この人工生命体の兵隊という危機に直面することとなった。原因の未だ分からぬ両陣営は互いに密偵を送り合い、不幸なことに、かつての同胞とも知らず、争い始めてしまった。こうして三つ巴の争いの続く中、ついに後にこのランドール地方に名を轟かせることとなる、賢神キルヒアに最も愛された求道者キリエ・アークライトがユーティス島に降り立ったのだ。



愛の神アステリアの敬虔なる信徒にして神の見えぬ神学者、ユーティスのプラトーここに記す。

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ユーティス島に渡った冒険者たち @osanpogakuha

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