ファレル編 プロローグ「ユーティスでの強者たち」

ユーティス島後日談 ファレル編


私があの最低な生まれ故郷を出てから、強者と呼ばれる者とは何度か相対したことがあるが、あのユーティスでの冒険で出会った者たち以上にその言葉が合っている者はいなかった。


その一人は、グラウコスというソレイユの部族の戦士だった。

槍を巧みに使い相手に攻撃の隙を与えない。

距離が遠ければその槍を投げ、相手の怯んだ隙に持ち前の俊足で間合いを一瞬で詰め、いつの間にか抜かれている短剣の一撃をくらわせる。

武器の使えない超接近戦でも、独特な拳闘術で、組みつき、投げ飛ばし、打撃を浴びせた。

際立っていたのは、特異な円形の大盾を使うことだった。大きく重たいその盾を巧みに使い、相手の攻撃を受け止め、いなし、捌き切ってしまう。攻撃を捌かれ耐性を崩したら最後、槍か剣か拳によって勝敗が決する。

そして何より、彼は最後まで戦場に立ち続けた。常に最前線に立ち、仲間を守りながら戦った。たとえその戦いで敗北し、撤退を余儀なくされていても、彼は最後の仲間が戦線を離脱するまで前線に立ち続け、最後の仲間が戦線を離脱しても、仲間が逃げ切るのに十分な時間を稼ぐために戦場に立ち続けた。

彼こそまさに「戦士」なのだろう。


その一人は、ギガというナイトメアの魔法戦士だった。

彼女はあまり前線には立たなかった。彼女の役割は、ユーティスにいる冒険たちをまとめることであり、前線に戦いに出てしまっては残りの冒険者が動けなくなってしまうからだ。なるほど、人族の世界は戦う者とまとめる者がそれぞれ協力することで全体をうまく回すのだな。しかも、まとめる者が冒険者だと生まれ持った力が強い者でなくてもいいらしい。こんなこと、私の生まれた最低な世界にはなかった。

ただ、ギガは戦っても強かった。確かに力はグラウコスやイスカンダルには及ばないし、魔法の腕もアンリエッタには及ばない。しかし、ギガは戦うのが上手かった。ギガがウォーハンマーという珍しい武器を使い、その武器を使いこなしているというのもあるが、相手にすると、とにかく戦いづらい。ギガの突きをかわしたと思った矢先、ウォーハンマーの湾曲した切先が後頭部を狙って迫ってくる。身を屈めてそれをかわすと、ウォーハンマーの石突のついた後端が顔面に迫ってくる。流れるように繰り出される連撃の他にも、フェイントやカウンターを多分に使うその戦い方は、武芸を十分に積んだものでも対処することが難しいだろう。


その一人は、アンリエッタというタビットの魔法使いだった。

この世界で知られているほとんど全ての魔法を高水準で使いこなしていた。

ゴーレム、妖精、魔神を同時に使役して前線を支えて、自身は恐るべき威力の魔法でもって後方から敵を焼き尽くしていた。

聞けば彼女はこの大陸の南方にある魔導国家の一貴族の魔法指南役らしい。

貴族の抱える魔法使いとはこれほどまでの実力なのだろうか。私は人族の世界には疎いが、その能力が普通ではないことはわかる。彼女はこの世界でも指折りの魔法使いなのだろう。

また、彼女の属する国家が魔導国家であるだけあって、その国の貴族の上流階級は、その家それぞれのみが持つ独自魔法があるのだとか。

あれほどでもまだそこが知れないとは、強者以外の何者でもない。


その一人は、イスカンダルというリカントの冒険者ギルド支部長だった。

彼はリカントにしては小柄だったが、自身の身長より長い体験を軽々と振り回していた。

そればかりか、大剣術においては並ぶもののいない達人だった。

敵や戦況に応じて技を使い分ける様は、戦ってきた歴の長さを感じた。

その戦いの経験の多さは軍師としての立ち回りにも表れていた。共に戦う仲間に的確に支持を飛ばし、都度最適な支援をかけ、自軍の損害を最小限に抑えつつ敵を撃破する。あのユーティスでの冒険において、彼が現場に立ってからの破竹の勢いがその能力の高さの証左である。

また、彼は自分自身への強化にも精通しており、彼自身の戦いは彼自身で完結していたことも目を見張る。

もし生まれ持ったマナの量がもう少し多ければ、このランドール地方を征服していたであろう。

少なくとも、一対一での戦いにおいて、当時のランドール地方では人族の中で最強といっても過言ではない。


その一人は我が師、ジャックというリルドラケンの戦士だった。

ところ構わず妻を愛で、妻に対して愛を囁き、妻の腰に手を回す破廉恥な男だが、その実力は頭ひとつ抜けていた。少なくとも、複数人を同時に相手取る、戦闘において最も不利な状況下で、彼ほど強いものはいない。

彼が戦斧を横に振れば、旋風が巻き起こり敵は身体を真っ二つにされて吹き飛び、彼が戦斧を縦に振れば、雷鳴が轟き敵は真っ二つに地に伏した。

同じ戦斧を振るう者として、あの技に魅入られない者はいない。

私はジャックに稽古をつけてもらうようになり、弟子となった。


ジャックは感覚を言葉で伝えるのが苦手なようだったが、蛮族のもとで育った私からすれば、慣れたものだった。

ジャックの使う二つの奥義のうち一つの一段階目をなんとか習得することができた。

この技はなかなか強力で、まだ一段階目だが並大抵の相手はこれを耐え切ることはできない。

流石の私でも、この技を使えるようになった時は嬉しかった。ジャックもなぜか大喜びで、その日は宴が開かれた。

なかなか慣れない場ではあったが、仲間たちも祝ってくれた。少し照れ臭かった。

ジャックは曲がりなりにも私のための宴なのだが、私を褒める以上に妻のマッハを褒めた。マッハも満更ではなさそうだった。あれほどまで人に愛されるとはどんなものなのだろうか。まあ、マッハは愛嬌があるから不思議なことではないか。そんな両親を見ていられなくなったのか、息子のジェットはスゴスゴと宴の端の方に逃げた。これはあれだろう。成人前の人族に訪れるという「思春期」というものなのだろう。マッハにこの前教わった。

夜も更け、宴も終わり、皆は酔った足取りで自らの寝床に帰っていった。私も寝床に戻ったが、厠に行くため再び外に出た。すると、その途中で並んで歩くジャックとマッハの後ろ姿を見た。こんな遅くまで飲んでいたのだろうか、酒に酔っているのはわかるが、竜人であるリルドラケンに特有の翼を互いに重ね、トカゲのような尻尾を絡ませ、腕を組んで歩いているのはいかがなものなのだろうか。そして二人はそのままジャックの寝所に入っていった。私は自分の用をすませ、寝床に帰った。翌日に会ったマッハの鱗が少しツヤツヤしていたのは気のせいではなかっただろう。


そんなユーティスでの冒険から一ヶ月と少し、私はグラウコスとギガと共に、アルフレイム大陸の北東にあるコルガナ地方に向かっている。私は更なる強さを手に入れるべく、グラウコスとギガについて行くことにしたのだ。ジャックも奥義の最終段階を私が会得するにはまだ実力が足りないと言った。一応魔剣に操られてはいるもののジャックを一度は破っているのだが、まあ、師匠がそう言うのだからきっとそうなのだろう。次ジャックと会う時が楽しみだ。その頃にはきっとジェットには可愛い弟妹ができている頃だろう。性格がジャックに似ないことを祈る。

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