day25 カラカラ(夏の渇きにご用心)

 この日も朝から、気温の高い日であった。


 両親と一緒にミヤコ屋へと来た朝恵ともえは、普段通り自分の巣で夏休みの宿題をしていた。出来るときに計画的に課題のドリルを仕上げて、遊ぶときはしっかりと遊びたいから。


 クーラーの効いた室内でも、容赦なく汗が出てくる。朝恵はタオルハンカチで汗を拭き取ると、ひとつ大きく息を吐いた。


「あついなあ……」


 誰もいない室内で、ひとり呟く。

 気のせいだろうか。喉もカラカラだ。この部屋はとても涼しいのに、何故だろうか?


「朝恵。ちょっといい?」


 そのとき、母が呼ぶ声に気付いて、朝恵は靴を履くと店の方に向かった。喉の渇きを、すっかり忘れて。


「なに、おかあさん?」

「急ぎの回覧板が来たの。今すぐ清遊堂せいゆうどうさんに行ってきてくれる?」


 母はプリントを一枚抜き取りながら、朝恵に回覧板を示してみせる。


「いいよ。おにいちゃんのところにいってくるね」


 朝恵は回覧板を受け取ると、少しふらつく足取りで清遊堂へと向かった。





「いらっしゃいませ。――どうした、朝恵ちゃん。顔色が悪いぞ」


 清遊堂に入ると、真雅しんがが椅子から立ち上がって朝恵の方へと慌ててやって来た。そしてその指輪をたくさんつけた大きな手を朝恵の額に当てる。


「――これは、恐らく熱中症になりかけてるな。水分はしっかりと摂っていたか?」


「おちゃをのもうとおもったところだったの。――はい、おにいちゃん。かいらんばんね。いそぎだって、おかあさんいってた」


 朝恵から回覧板を受け取ったが、真雅はその中身を確認せずに、レジの前にそのまま置いた。


「こいつも急ぎかも知れないが、俺様にとっては朝恵ちゃんが優先だ。――ここで少し休んでいけ」


 真雅は、有無を言わせず朝恵を奥の掛軸を飾った部屋に連れて行く。朝恵に、寛ぐように促すと、冷やしたタオルとスポーツドリンクを用意した。


「こいつを飲んでから、横になって休んでいたらいい。気分が治るまで、動くんじゃないぞ」


 ちょっと回覧板を持って行ってくる、と言い残すと真雅は慌ただしく部屋を出て行った。


 一人残された朝恵は、スポーツドリンクを一口飲んだ。――気のせいか、いつもより水分が全身に染み渡るようだ。冷たいタオルが、少し火照った身体にはとても気持ち良かった。


 そろそろと横になって、タオルを額に乗せる。あまりの気持ちよさに瞳を閉じると、そのまま意識がゆっくりと落ちていった――。





 目を覚ますと、見慣れたミヤコ屋の自分の巣ではなくて、少しびっくりした。だがすぐに、ここは清遊堂で、真雅にそのまま少し休んでいけと言われたことを思い出す。


「――気分はどうだ?」


 声のした方を見ると、そこには真雅が座っていた。その横には氷水が入っていると思しきボウルが。


「うん。さっきよりだいぶいいよ」

「そうか。それなら良かったぜ」


 言いながら真雅は、朝恵の額に乗せていたタオルを取ると、氷水で濡らした。そしてもう一度朝恵の額にタオルをそっと乗せ直す。


「わたし……びょうきなの?」

「まあ、そんな感じだな。熱中症になりかけたんだろうからな。――朝恵ちゃん、水分はしっかりと摂っていたか? 涼しい部屋にいても、しっかりと飲み物は飲まないといけないんだ」


 そういえば、今日は涼しい部屋にいるのに、喉がカラカラだった。そのことを真雅に話すと、それが、水分が足りてなかったという証拠だな、とすぐに返事が返ってきた。


「具合が悪いときは、ちゃんとご両親を呼んでいいと俺様思うがな。そこで我慢をするのはいけないぞ。熱中症は案外、侮れないからな」

「……そうなの?」

「ああ。下手をすると、あれは入院しないといけなくなるからな」


 入院は嫌だ。朝恵は、熱中症は怖いものだとようやく理解出来た。学校でも熱中症についてのプリントは貰っていたが、いまいち理解出来ていなかったのだ。


「……こんどから、のどがカラカラになったらちゃんとのみものをのむね」

「そうしてくれ。俺様も心配でたまらないからな」


 真雅は薄手のタオルケットを持ってくると、朝恵の上にかけてくれた。


「もう少し眠っていけば良い。俺様がここについているからな」

「うん。ありがとう、おにいちゃん……」


 真雅に見守られながら、朝恵は安心してその瞳をもう一度、閉じたのであった。

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