day24 朝凪(綺麗な名前の悲しい船たち)

 その日、朝恵ともえはひとりで商店街を歩いていた。

 この日も商店街は、よく賑わっていた。夏休み期間だからか、普段よりも朝恵のような子どもの姿も見かける。


「あれ? あそこで、なにやってるのかな?」


 商店街の一角に、人だかりが出来ていた。女の人よりも男の人が多いように思えたが、大人から子どもまで、幅広くそこには集っている。


 そこは、おもちゃ屋の『丹羽玩具店にわがんぐてん』であった。人が多く集まるなら、何か面白いものがあるのかも知れない――朝恵は近付いていって、集まる人の隙間から何があるのかを覗いてみた。


 そこに山積みにされていたのは、船の絵が描いてある箱だった。難しい漢字で、その船の名前らしいものが箱に書かれている。


「欲しかったんだよな、『朝凪』やっと買えたよ」

「流石は丹羽玩具店だよな!」


 朝恵の横を通り過ぎていく高校生くらいのお兄さん達が、同じ箱を持って笑い合っている。――アサナギ。それが、あのパッケージに描かれている船の名前なのだろうか? ――綺麗な、名前だ。


 その、アサナギという船は、どんな船なのだろう? あのお兄さん達はそれが欲しかったみたいだが。

 ――お兄ちゃんに、アサナギという船について、質問してみよう。両親はきっと今も、忙しいのだろうから。

 そうすることにした朝恵は、清遊堂せいゆうどうへと向かうべく、丹羽玩具店の前を離れた。





「いらっしゃいませ。――ああ、朝恵ちゃんか。今日はどうした?」


 真雅しんがは、いつもの椅子に腰掛けて朝恵を迎えてくれた。


「あのね、おにいちゃん。おにいちゃんにききたいことがあるの」

「そうか。――何だ?」

「さっきおもちゃやさんにね。ふねがたくさんうってたの。アサナギって、どんなふねなのか、おにいちゃんはしってる?」

「玩具屋――丹羽さんか。あそこに売ってるアサナギって船、か……」


 真雅は腕を組んで、しばし考え込んでいるようだった。鋭い黄色の瞳を、じっと閉じている。


「まあ――朝恵ちゃんに話しても、大丈夫かな……」


 どうしたのだろう、真雅は。アサナギというのは、何かあった船なのだろうか?

 瞳を開けた真雅と、目線が合う。真雅は普段よりも少しだけ、真面目な顔をしていた。


「朝恵ちゃんが見た朝凪って船は、恐らく駆逐艦の朝凪だろうな。字はこう書くな」


 レジの側にあるメモ用紙に、真雅はすらすらとペンを走らせると朝恵にその字を見せてくれた。朝凪。――確かにそんな字だった。


「うん。この字だったよ、おにいちゃん」

「そうか。丹羽さんはプラモデルも多く扱っているからな。それを朝恵ちゃんは見たんだろう」


 あれは、プラモデルを求める人達だったのか。朝恵はひとつ頷いた。


「それで、おにいちゃん。どんなおふねなの?」

「朝凪はな。駆逐艦という種類の船だ。駆逐艦というのは、船団の護衛任務や、あとは輸送任務なんかを担っていた船だな。――そう、戦時中にな」


 戦時中。――それは、朝恵が今までに聞いたことの無い言葉であった。


「おにいちゃん。……せんじちゅうって?」

「まだ知らなかったか。戦争の最中、ってことだ。――この国は昔、大国相手に戦争をしていた。そのときに戦争のために使われていた船なんだ、駆逐艦というのは」


 そうだったのか。まさかこの国が、昔は戦争をしていたなんて。今のこの国しか知らない朝恵には信じがたいことであったが、お兄ちゃんが朝恵に嘘をつくとは、もっと思えなかった。


「アサナギは、せんそうにつかわれたおふねだったんだね。――おにいちゃん、それから、アサナギはどうなったの?」


 真雅はまた、ここで少し沈黙した。――この先を教えてしまっていいものか、という顔だ。


「まあ――朝恵ちゃんは賢いから、大丈夫か……」

「……おにいちゃん。わたしがきいちゃったらだめなのなら、はなさなくていいよ」

「いや、駄目というよりは――少し、酷な話になるからな。――まあ、いずれは知らないといけないことだからな、この国の歴史でもある話だ」


 真雅は一拍置いてから、朝恵に語ってくれた。


「朝凪は、国には帰れなかったんだ。――戦没している。海の底に沈んだんだ」

「――!」


 朝恵は口元に手を当てた。そうしないと、叫んでしまいそうだったから。


「確か、輸送任務中だったかな。敵国潜水艦の魚雷にやられて、海に沈んだ。それが朝凪の最期だ。実は広い海の底には、そんな悲しい運命を辿った船が、ごまんとあったりする」

「そう……なんだね……」


 朝凪とは、とても綺麗な名前の船だと思ったが、そんな運命を辿った船だったとは。――想像もしなかった。しかも、そんな船がたくさんあるなんて。


「朝恵ちゃんは、今の話を聞いてどう感じた?」

「……わたし、かなしかったの。アサナギはきれいな名まえのふねだけど、たたかいのふねで、かえれなかったって」

「そうか。――その想いは大事にするんだな。武力をもっての争いは、醜いことな上に、結局何も良いものは生み出さないからな……」


 真雅と目が合ったので、朝恵は頷いてみせた。決して、忘れないというように。


「あのね、おにいちゃん。――くちくかんって、アサナギいがいにもたくさんあった?」

「――あるな。朝凪は確か、神風型という駆逐艦だ。他にも吹雪型、睦月型、初春型……とまあ、駆逐艦だけで多くの種類があるからなあ。吹雪型を例にとると、吹雪、白雪、初雪、叢雲……他にもまだあるぞ」

「とてもたくさんあるんだね。どれもきれいな名まえだけど――もしかして……」

「ああ。――帰れた船の方が、実は稀だ」


 朝恵は目を丸くして、言葉を失った。――国に帰れた船の方が、少ないなんて。


「もしかして……くちくかんいがいにも、そんなおふねはあるの?」

「――あるぜ。軽巡洋艦に、重巡洋艦、戦艦に航空母艦、潜水艦なんてのもあるな」

「また……そんなおはなしも、きかせてくれる?」

「――朝恵ちゃんが望むなら、俺様はいくらでも」


 朝凪もだったが、駆逐艦とは綺麗な名前の悲しい船達だった。そして、悲しい運命を辿った船は他にもまだいる。真雅が教えてくれたそんな船達のことを決して忘れないようにしようと、朝恵は心に誓ったのだった。

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