day23 ストロー(麦わら帽子とストローと)

 夏休みに入り、毎日が店で過ごす時間である。


 朝恵ともえは、今年の夏買ってもらった麦わら帽子を被って、ミヤコ屋に来ていた。学校に行かない日は、こうして帽子を被っていてもいいのだから。


 麦わら帽子は大きな影を作ってくれるから、被っていると夏の暑さも少し和らいで感じる。それで朝恵は朝のうち、麦わら帽子を被って裏で一人、シャボン玉をして遊んでいた。


 煌めく陽射しに、シャボン玉は虹色に輝いて飛んでいく。屋根までではなく、もっと高く飛んでいけ――朝恵は願いながら、シャボン玉を次々と飛ばしていた。


 そのとき、背後で扉の開いた音がした。近付いてくるのは、大好きな人の足音。


「――今日は随分と、めかし込んでいるな?」


 真雅しんがは何も聞かずに、朝恵の隣に並んで空を見上げた。


「おめかし……かな?」

「ああ。俺様にはそう見えたってだけだな」


 今日の朝恵の服装は、夏らしい向日葵模様のワンピースにサンダル、それに麦わら帽子を被っていた。真雅はというと、普段通りに七分袖のヘンリーネックのシャツにスキニーパンツ、そしてロングブーツである。


「ねえ、おにいちゃん。はんそでじゃなくて、あつくないの?」


 朝恵は前から気になっていたことを、思い切って口に出してみた。暑いのが苦手、と真雅は常に言う割に、ずっと七分袖の服を着ているからだ。


「ああ――これが、気になったか」


 着ているシャツを軽くつまんでみせながら、真雅は目を細める。


「うん。おにいちゃん、あつくないかなって」

「そうだな――全然暑くない、と言えば嘘になるが、俺様これを着ておかないと、日焼けがな」

「日やけ?」

「ああ。日に焼けすぎると、肌が痛くなるんだ。――それで今も、この服というわけだ」


 日焼けで肌が痛くなる。それは、朝恵には想像もつかないことであったが――もしかしたら、肌の白さに関係しているのかもしれない。真雅は、朝恵の知る誰よりも色白なのだ。


「そうなんだ。だからおにいちゃんはずっと、はんそでじゃないんだね」

「ああ。――朝恵ちゃんは何でも、理解が早くて良いな」


 実は毎日、日焼け止めも欠かせないんだ、と口にして真雅は苦笑いを浮かべた。真雅の白くて綺麗な肌が朝恵は密かに羨ましかったのだが、いろいろと大変なのかも知れない。


「おにいちゃんも、むぎわらぼうしをかぶったら、すずしいかもしれないよ」


 朝恵は麦わら帽子を脱ぐと、真雅に手渡そうとした。被せてあげられたらいいのだが、真雅は朝恵よりもずっと背が高い。


「俺様が麦わら帽子か? ――朝恵ちゃんの帽子では、流石にサイズが小さいだろうな」


 真雅は朝恵の手から麦わら帽子を受け取ると、そっと頭に乗せてみてくれた。子ども用の麦わら帽子は、大人の真雅にはやはり小さいようだ。


「朝恵ちゃんの麦わら帽子が被れない分は、ストローで何か飲んでおくからそれで良いとしてくれ」

「……むぎわらぼうしとストローって、なにかかんけいあるの、おにいちゃん?」


 いまいち麦わら帽子とストローが繋がらなかった朝恵は、真雅の顔を見上げながら問うた。真雅は笑って朝恵に麦わら帽子を被せながら、口を開く。


「ああ。遙か昔には今のようなストローは無くて、麦わらを使っていたんだ」

「――そうなの?」


 朝恵はその大きな瞳を丸くした。まさか麦わらを、飲み物を飲むストローとして使っていたとは。


「麦わらは、中が空洞でな。丁度ストローのような形状をしているんだぜ?」

「そうなんだ。それなら、ストローにつかえるね」


 また新しいことをひとつ知れた。真雅との会話は発見することが多くて、朝恵はいつも夢中になってしまうのだ。学校の先生の会話よりも、見つけることはとても多い。


「むぎわらぼうしで、のみものをのんだりできるかな?」

「そうだな――出来るかも知れないが、その綺麗な帽子をそういう実験には使わないでおこう。麦わらで飲み物が飲めるか、という実験ならうちでやらせてやるぞ?」

「ほんとう、おにいちゃん?」

「ああ。麦わらなら、確かあったはずだからな」


 やってみるか? という真雅に、朝恵は瞳を輝かせて大きく頷いてみせたのであった。

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